インドネシアの国家投資運用庁「Danantara(ダナンタラ)」が設立1周年を迎えた。プラボウォ大統領の肝いりで2025年3月に誕生し、1,000社以上の国有企業(SOE)を傘下に統合。資産規模は数千兆ルピア(数十兆円規模)に達する、インドネシア史上最大の経済改革だ。しかし1年が経った今、国際格付け機関のムーディーズとフィッチが相次いでインドネシアの格付け見通しを「ネガティブ」に引き下げ、その要因としてDanantaraを名指しした。何が起きているのか。
そもそもDanantaraとは何か
Danantaraを理解するには、インドネシアの国有企業の歴史から説明する必要がある。インドネシアには国営の石油会社プルタミナ、銀行のBRI・マンディリ、通信のテルコム、鉱業のアンタムなど、経済の中核を担うSOEが100社以上ある。これらは各省庁がバラバラに管轄しており、投資判断も非効率だった。
プラボウォ大統領は「SOEを1つの持株会社にまとめ、シンガポールのテマセクやマレーシアのカザナのような国家投資ファンドにする」と構想した。これがDanantaraだ。Jakarta Postによると、設立から1年間でガルーダ・インドネシア航空に14億ドル、クラカタウ・スチールに2.95億ドルを注入。鉱物の下流加工(ニッケル精錬やアルミ製錬など)に70億ドル、サウジアラビアでのハッジ巡礼村開発に10億ドルなど、大規模な投資を次々と打ち出した。
インドネシア政府が2025年3月に設立した国家投資運用庁(BPI: Badan Pengelola Investasi)の通称です。シンガポールのテマセクやマレーシアのカザナをモデルに、1,000社以上の国有企業を統合管理します。目的は、バラバラだったSOE(国有企業)の投資判断を一元化し、インドネシアの戦略産業(鉱業、エネルギー、食料安全保障等)に集中投資することです。
なぜ格付け機関が警鐘を鳴らしたのか
問題は、Danantaraの投資が「国家ファンド」の常識を逸脱し始めていることだ。
まず、投資先の選び方に疑問が出ている。インドネシアのシンクタンクCSISのデニ・フリアワン氏は「Danantaraは、ほとんどのソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)が手を出さない領域に踏み込んでいる。ガバナンスもまだ確立されていない」と指摘した。養鶏事業への参入、GrabとGojekの合併仲介、リッポーグループのMeikarta住宅開発への10億ドル投資など、通常のSWFでは考えにくい案件が並ぶ。
次に、ガバナンス(統治体制)の問題がある。Asia Timesの分析では、Danantaraの監督委員会に現職の政府閣僚が名を連ねており、政治的意図と投資判断が混在するリスクが指摘されている。さらに「パトリオット・ボンド(愛国債)」の発行を通じて有力財閥に便宜を図っているとの批判もある。
そして最も深刻なのが、財政リスクだ。ムーディーズはインドネシアの格付け見通しを「安定的」から「ネガティブ」に変更した際、「Danantaraの政策調整の不足が、政策の信頼性に対するリスクを高め、ソブリン(国家)の偶発債務を増大させる可能性がある」と明記した。フィッチも同様に「Danantaraの野心的な支出計画が新たな債務負担を生み、財政の安定を損なう恐れがある」と警告した。
つまり、Danantaraが採算の取れない投資を重ねれば、その損失は最終的にインドネシア政府(国民の税金)で穴埋めすることになる。格付け機関はこのリスクを見通しに織り込んだのだ。
日本企業への影響 — SOEとの取引リスクが変わる
インドネシアには約2,000社の日系企業が進出している。Danantaraの問題は、日本企業に3つのルートで波及する。
第一は、格付け見通しの悪化が資金調達コストに響くことだ。インドネシアのソブリン格付け見通しがネガティブになれば、インドネシア国債の金利が上昇し、企業の借入コストも上がる。日系企業がインドネシアで現地通貨建てのローンを組む際のコストが増加する。
第二は、SOEとの取引条件の変化だ。Danantara傘下のSOE(プルタミナ、PLN、クラカタウ・スチール等)は日系企業の重要な取引先だ。Danantaraの投資判断が政治主導で行われるなら、これまでの商業ベースの取引関係が変質する可能性がある。たとえば、資材調達先の選定にDanantaraの意向が反映されるリスクがある。
第三は、民間投資のクラウディングアウト(締め出し)だ。Danantaraが政府資金を使って大規模投資を行えば、同じ分野に参入しようとしていた民間企業(日系企業を含む)が競争力を失う。鉱物下流加工やEV電池のバリューチェーンなど、日本企業が注力している分野と重なる領域が多い。
OJK「銀行セクターは健全」——市場は冷静に
一方で、全てが悲観的というわけではない。Kontanによると、インドネシアの金融監督庁OJKは「格付け見通しの変更にもかかわらず、銀行セクターのファンダメンタルは健全だ」と発表した。信用成長率は9.96%を維持し、不良債権(NPL)比率も管理可能な水準にある。
また、3月25日のアジア株式市場ではイラン戦争の停戦観測から原油価格が下落し、インドネシア株を含むアジア株が3%以上急騰した。Jakarta Postが報じたように、地政学リスクの緩和はインドネシア経済にとって追い風だ。Danantaraの問題は中長期的なリスクであり、短期的な市場は別の要因で動いている。
日本企業・ビジネスパーソンが意識すべき3つのポイント
1. Danantara傘下のSOEとの取引には、従来以上のデューデリジェンスが必要。取引先のSOEがDanantaraの投資方針にどう影響されるか、意思決定プロセスが変わっていないかを確認すべきだ。特にプルタミナ、PLN、クラカタウ・スチールなど日系企業との取引が多いSOEは要注意。
2. 格付け見通し「ネガティブ」の影響を資金計画に織り込む。現時点では格付け自体は据え置き(ムーディーズBaa2、フィッチBBB)だが、見通しが「ネガティブ」であることは、今後12〜18ヶ月で格下げの可能性があるという意味だ。インドネシアでの資金調達コストの上昇を前提とした計画が必要。
3. Danantaraが手がける分野(鉱物下流化、EV電池、食料安全保障)での競合リスクを評価する。政府資金を背景としたDanantaraが同じ分野に参入すれば、民間企業は価格競争で不利になる。ただし、Danantaraとの共同投資(JV)の機会も生まれうる。脅威と機会の両面で戦略を検討すべきだ。

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