ASEANで強まるEC規制 — タイが独禁法適用、インドネシアは中国EC監視を本格化
2026年3月26日、タイとインドネシアがほぼ同時にECプラットフォームへの規制強化に動いた。タイは独占禁止法に基づく新ガイドラインを施行し、Shopee・Lazada・TikTok Shopなど主要ECの商慣行を直接規制。インドネシアでは財務大臣が中国系ECの国内市場支配に公式に懸念を表明し、監視強化を打ち出した。ASEAN各国が、巨大ECプラットフォームに対する本格的な規制に乗り出している。
なぜASEANでEC規制が強まっているのか
背景には、ASEANのEC市場が急拡大する中で、プラットフォームと出品者の力関係が極端に偏ってしまったことがある。順を追って見ていく。
まず、ASEANではソーシャルコマース(SNSを通じた物販)が急成長しており、2025年時点で市場規模は476億ドルに達した。EC全体の取引額の20〜25%を占める規模だ。2030年には1,865億ドル(年平均成長率31.4%)に達するとの予測もある。
このEC市場を支配しているのがShopee、Lazada、TikTok Shopといった巨大プラットフォームだ。インドネシアではShopeeが市場シェア約46%を握り、TikTok Shopも約11%で急成長中(取扱高が倍増ペース)。タイでもデジタルコマース市場は1.15兆バーツ規模に成長している。
問題は、これらプラットフォームの上で商品を売る中小の出品者が、極めて不利な条件を強いられていることだ。タイでは、出品者がプラットフォームに支払う手数料が売上の15〜25%に達する一方、出品者自身の利益率は10%未満にとどまる。つまり、売っても売ってもプラットフォームに利益を吸い上げられ、出品者の手元にはほとんど残らない構造ができてしまった。
さらにインドネシアでは、ECで売られる商品の70〜80%が中国製という状況が生まれている。中国の工場から直接出荷される安価な商品がプラットフォーム上にあふれ、国内メーカーの製品が価格競争で太刀打ちできなくなっている。
タイの規制 — 独禁法で3つの行為を禁止
タイ取引競争委員会(TCCT)は、貿易競争法に基づく新ガイドラインを3月26日に施行した。対象はShopee、Lazada、TikTok Shopなど主要ECプラットフォームで、以下の3つの行為が明確に禁止される。
1. 手数料の過剰徴収の禁止 — プラットフォームが出品者から不当に高い手数料を取ることを規制する。現在15〜25%に達する手数料率に対し、適正水準を求める。
2. セルフプリファレンシング(自社優遇)の禁止 — プラットフォームが自社で販売する商品を検索結果の上位に表示するなど、他の出品者より有利に扱うことを禁じる。
ECプラットフォームが「場の運営者」と「出品者」の二つの顔を持つとき、自社の商品を検索結果の上位に表示したり、競合出品者より有利な条件を設定したりする行為のこと。EUではGoogleがこの問題で巨額の制裁金を課されており、タイもASEANで先駆けて規制に踏み切った。
3. 物流業者の選択制限の禁止 — プラットフォームが出品者に対して特定の物流業者の使用を強制することを禁じる。これにより出品者は配送コストの安い業者を自由に選べるようになる。
タイはこのEC規制に加え、3月31日からはライドシェア(Grab等)の規制も強化する。デジタルプラットフォーム全体への監視を一気に強めている形だ。
インドネシアの規制 — 「国内市場を中国に明け渡すわけにはいかない」
インドネシアではプルバヤ・ユディ・サデワ財務大臣が3月26日、中国系ECプラットフォームの国内市場支配について公式に懸念を表明した。大臣は「介入しなければ、国内市場を中国に直接明け渡すことになる」と述べ、監視強化の姿勢を明確にした。
インドネシアは2024年10月に中国発の超低価格ECアプリ「Temu」のサービスを禁止している。今回の発言は、Temu禁止だけでは不十分だという認識を政府が持っていることを示している。Shopee上の中国直販業者やTikTok Shopを通じた中国からの商品流入は依然として続いており、国内EC市場における中国製品の占有率は70〜80%に達している。
インドネシア政府が懸念しているのは、単にEC市場のシェアの問題ではない。中国から直接出荷される安価な商品が大量に流入することで、国内の製造業が育たなくなるという産業構造の問題だ。国内メーカーが価格で対抗できず、「作るより輸入した方が安い」という状況が定着すれば、雇用も税収も失われる。
TikTok Shopのコンテンツ規制も強化
プラットフォーム側の動きとして、TikTok Shopは3月30日からコンテンツ投稿に新たな制限を導入する。7日間で「非アクティブまたは誤解を招く動画」が5本以上と判定された場合、投稿上限が7本に制限される。AI生成コンテンツにも同じ基準が適用される。
この規制は、低品質な宣伝動画の大量投稿によってプラットフォームの信頼性が損なわれることを防ぐ狙いがある。各国政府による外部規制と、プラットフォーム自身による自主規制が同時に進んでいる状況だ。
日本企業への影響 — コスト構造と競争環境が変わる
今回のASEAN EC規制の強化は、東南アジアでEC販売を行う日本企業にとって、コスト面と競争面の両方で影響がある。
手数料負担の軽減が期待できる。タイの新規制により、プラットフォームが出品者から徴収できる手数料に制限がかかる。これまで売上の15〜25%を手数料として支払っていた出品者にとって、コスト構造が改善する可能性がある。日本企業がShopeeやLazadaを通じてタイ市場に商品を出品している場合、直接的なメリットになりうる。
物流の選択肢が広がる。プラットフォームによる物流業者の指定が禁止されることで、出品者はコストや品質で物流パートナーを自由に選べるようになる。日系物流企業にとっては、タイ市場での新規顧客獲得の機会になる。
中国製品との競争条件が改善する可能性がある。インドネシアが中国系ECへの監視を強化し、タイがセルフプリファレンシングを禁止することで、プラットフォーム上での中国製品の圧倒的な優位性が是正に向かう可能性がある。品質で勝負する日本製品にとっては、価格以外の要素で評価される環境が整いつつある。
TikTokやInstagramなどSNSの投稿・ライブ配信から直接商品を購入できる仕組みのこと。ASEANでは2025年に476億ドル規模に成長し、EC全体の取引額の20〜25%を占める。2030年には1,865億ドルに達する見通しで、従来型のECサイトよりも成長速度が速い。日本企業がASEANで商品を売る場合、このチャネルへの対応は不可避になっている。
今後の注目点
タイの執行状況を注視する必要がある。ガイドラインは3月26日に施行されたが、実際にどの程度の厳しさで運用されるかはまだ見えない。最初の違反認定や制裁事例が出た段階で、規制の実効性が判断できる。
インドネシアの具体的な規制措置に注目。現時点では財務大臣の懸念表明にとどまっており、具体的な法規制や行政措置はまだ発表されていない。Temu禁止に続く次の一手が何になるかが焦点だ。
ASEAN他国への波及。タイとインドネシアの動きが、ベトナム、フィリピン、マレーシアなどASEAN他国の規制議論に影響を与える可能性がある。EC規制がASEAN共通の政策課題として浮上するかどうかが、中期的な注目点になる。
TikTok Shopのコンテンツ規制の影響。3月30日施行の投稿制限により、低品質コンテンツを大量投稿する手法が使えなくなる。コンテンツの質で勝負する必要が出てくるため、日本企業のマーケティング戦略にも影響する。
日本企業・ビジネスパーソンが意識すべき3つのポイント
1. ASEAN EC市場は「規制の転換期」に入った — 参入・拡大の前にルールを確認する
タイの独禁法適用は、ASEANでEC関連の法規制が本格化する転換点だ。これまで「何でもあり」だった環境が変わりつつある。ASEAN市場への新規参入や事業拡大を検討する場合、各国の最新規制を確認してからプラットフォームや販売戦略を選ぶべきだ。手数料体系、物流要件、コンテンツ規制のいずれも変動リスクがある。
2. 中国EC規制の強化は日本製品にとってチャンスになりうる — ただし自動的には勝てない
インドネシアの中国EC監視強化により、中国からの超低価格商品の流入に一定の歯止めがかかる可能性がある。しかし規制だけで日本製品が選ばれるわけではない。品質や安全性を現地の消費者に伝えるマーケティング投資が必要だ。特にソーシャルコマース(SNS経由の販売)は現地語でのコンテンツ制作が不可欠で、日本語の資料をそのまま転用するだけでは通用しない。
3. プラットフォーム依存のリスクを分散する
規制によりプラットフォームの手数料体系やアルゴリズムが変更される可能性がある。特定のプラットフォーム1つに売上を依存していると、ルール変更のたびに事業が振り回される。Shopee、Lazada、TikTok Shopなど複数のチャネルに分散するとともに、自社ECサイトの構築も選択肢として検討すべきだ。

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