2026年5月13日、フランス・カンヌのスクリーンに、東南アジア5カ国の若手監督が組んだ短編4本が並ぶ。第65回カンヌ国際映画祭の批評家週間(Semaine de la Critique)で、インドネシアのKawanKawan Mediaが主導する「Next Step Studio Indonesia」というアンソロジーが世界初披露される。インドネシア映画庁(BPI)が公式代表団を派遣するのもこれが初めてだ。タイのYシリーズ、フィリピンのP-popに続き、東南アジアのコンテンツがグローバル舞台で並列に評価される動きが、映画というジャンルでも明確に動き出した。
「Next Step Studio Indonesia」は、批評家週間とフランスの製作会社DW(Dominique Welinski主宰)が新たに立ち上げた人材育成プログラムの第一弾で、東南アジア5カ国の若手監督が2人ずつ組んで4本の短編を製作した。中国系の販売会社Rediance(リーディアンス)が国際セールスを請け負い、世界配給に向けた営業も同時並行で動いている。
注目すべきは、KawanKawan Mediaという1つのインドネシア製作会社が、ASEAN域内の他の4カ国の若手監督を組み合わせた点だ。これまで東南アジア各国の映画作家は、ヨーロッパや日本の映画祭で個別に評価されることはあったが、域内で組んでアンソロジー形式の作品を作り、欧州の主要映画祭で同時にプレミア上映するのは前例がない。
カンヌ批評家週間
映画祭期間(5/13-21)
Reza Rahadianがフィリピン人監督と組んで監督デビュー
4作品の中でも特に注目を集めているのが、「Annisa」だ。インドネシアで俳優として広く知られるReza Rahadian(レザ・ラハディアン、40歳)が初監督を務め、フィリピンのSam Manacsa(サム・マナクサ)監督と共同製作した。Reza Rahadianはインドネシア映画賞(Festival Film Indonesia)で主演男優賞を複数回受賞している国民的俳優で、彼が監督業に進出すること自体が現地映画ファンの間で話題になっている。さらに「フィリピン人監督と組む」という選択が、東南アジア地域共同製作のシンボル的な事例として位置づけられている。
残り3作品も、それぞれ特徴的な組み合わせだ。「Holy Crowd」はインドネシアのReza Fahriyansyahとマレーシアのインド系監督Ananth Subramaniamが組み、宗教儀礼と群衆心理を扱う。「Original Wound」はインドネシアのShelby Khoとミャンマーの女性監督Sein Lyan Tunが共同で、軍事クーデター後のミャンマー情勢を映像化する。「Mothers Are Mothering」はインドネシアのKhozy Rizalとシンガポール在住のLam Li Shuenが組み、現代の母親像を扱う。
カンヌ国際映画祭と並行して開催される独立部門で、長編・短編の新人監督に特化している。過去にはケン・ローチ、ベルナルド・ベルトルッチ、ウォン・カーウァイ、ガス・ヴァン・サントといった巨匠が新人時代に発見された場として知られる。短編部門は世界中の数千本から12〜13本程度が選ばれ、東南アジア発の作品が複数本同時に選出されるのは極めて稀なケースだ。
東南アジアコンテンツの「並列輸出」モデル
2026年に入って、東南アジアのコンテンツ産業は明確に「並列輸出」のフェーズに入った。タイのYシリーズ(BL/GLドラマ)は2025年に49億バーツ規模に達し、中国・台湾・日本・フィリピン・インドネシア・中南米まで広がった。フィリピンのP-popはBINIがCoachella、SB19がLollapaloozaに出演し、Summer Sonic 2026にも両グループの出演が確定している。ベトナムのV-popは、Sony MusicとYeaH1 Groupの合弁プロジェクトとしてボーイズグループ「UPRIZE」が4月にデビュー。マレーシアの映画「Last Dive」は海洋保護をテーマにカンヌに出品される。
これまでのKコンテンツ(韓国コンテンツ)の世界進出が「韓国一国の集中投資による国家戦略」として組織化されたのに対し、東南アジア各国は「域内で組んで世界に出る」モデルを試行している。Next Step Studio Indonesiaがその象徴的なプロジェクトだ。インドネシア1カ国だけでカンヌに出るのではなく、5カ国を巻き込んで地域全体のブランドを作る発想が、Kコンテンツとは異なる差別化要因として機能し始めている。
背景には、東南アジア域内で英語が共通言語として機能する強みがある。シンガポール、フィリピン、マレーシアは英語圏で、インドネシア・タイ・ベトナムも英語の浸透が進んでいる。これにより、若手監督・俳優同士のクリエイティブな対話が言語障壁なく行える環境が整っている。Kコンテンツが韓国語ベースで世界に出るのに対し、東南アジアは「英語で組み、現地語で表現する」二層構造を作りやすい。
日本の配信プラットフォーム・配給会社にとっての論点
日本の配信プラットフォーム(U-NEXT、MUBI、シネモンド系の単館配給、Lemino、ABEMAなど)にとって、カンヌ後の権利取得交渉が直近の機会となる。Rediance(リーディアンス)が国際セールスを担当しているため、5月下旬から6月にかけてアジア配信権の引き合いが集中する見通しだ。短編アンソロジー単位での権利、または個別作品単位での権利の双方が交渉対象になる。
日本の映画製作会社(東宝、東映、松竹、KADOKAWA、ハピネット)にとっては、KawanKawan Mediaのような域内ハブ製作会社との関係構築が中期的な課題になる。Kドラマの制作会社(Studio Dragon、CJ ENMなど)と日本の製作会社の関係は2010年代後半から深まったが、東南アジア製作会社との関係は今のところ限定的だ。Next Step Studio Indonesiaの動きが軌道に乗れば、第2弾(恐らく2027年)で日本企業の出資・共同製作の枠が空く可能性がある。
俳優・監督個人レベルでは、Reza Rahadianの監督作品が日本でどう受容されるかが注目点だ。彼は俳優としてはほぼ無名だが、インドネシア国内では確固たる地位を持つ。フィリピンのSam Manacsaと組んだ「Annisa」が日本で配信されれば、東南アジア俳優の日本での認知拡大の起点となる可能性がある。
カンヌ後に注目すべき動き
第一に、批評家週間でのアワード結果だ。短編部門の最高賞は5月20日前後に発表される見通しで、4本のうちどれかが受賞すれば、その後の世界配給の単価が大きく変わる。受賞しなくても批評家週間出品作という箔はつく。
第二に、東京国際映画祭(10月開催)への出品の有無だ。批評家週間で評価された東南アジア作品が東京国際映画祭で再上映されるかは、日本での認知度を左右する。東京国際映画祭のセレクション担当者はカンヌ時点で動いているため、6月中の動向に注目する価値がある。
第三に、Next Step Studio Indonesia第2弾のラインナップだ。第1弾の評価が高ければ、2027年の第2弾で参加国が拡大する可能性がある。タイ・ベトナム・ラオス・カンボジアの若手監督が次に巻き込まれれば、東南アジア10カ国全体を網羅する地域ブランドへ発展する素地ができる。
日本企業・ビジネスパーソンが意識すべき3つのポイント
第一に、東南アジアコンテンツが「単一国の輸出」から「域内共同製作の並列輸出」へ移行している構造変化を、日本のメディア企業は新しい前提条件として認識する必要がある。Kコンテンツとの相対比較で日本の戦略を組むだけでは見落としが生じる。タイY、フィリピンP-pop、ベトナムV-pop、インドネシア映画というそれぞれの動きを「ASEAN全体の同時並行的な台頭」として捉え直すことで、複数国に分散した投資・提携設計が可能になる。
第二に、KawanKawan Mediaのような域内ハブ製作会社との関係構築は、日本企業にとって2026〜2027年の重要な戦略課題になる。Kコンテンツ市場でのStudio Dragon、CJ ENMとの関係構築が日本企業に10年遅れた経験を踏まえれば、東南アジアでは早期に動くことが望ましい。インドネシア映画庁(BPI)の公式代表団派遣という政府支援の動きと連動した時期に関係を作るのが現実的だ。
第三に、Reza Rahadianのような東南アジア俳優の日本市場でのブランド化に、出版・配信・小売の各企業が早期に関与する余地がある。Kコンテンツが2010年代に韓国俳優の日本でのファンダムを育てたのと同じ時間軸で、東南アジア俳優の日本ファンダム形成が2026〜2030年の局面で動き始める可能性が高い。広告タイアップ、配信権、商品コラボの検討は、カンヌ評価が出た直後の5月下旬〜6月が動きやすいタイミングだと考える。

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