【フィリピン企業紹介】Ayala Corporation|1834年スペイン人2人が始めた商社が192年でフィリピン最古の財閥に——Zóbel家7代の物語

1834年、マニラの湾岸地区で一つの共同事業が始まった。出資者はバスク地方(スペイン北部)の小村Ayala出身の青年Antonio de Ayalaと、アカプルコ経由でマニラに渡ってきたスペイン系移民の家系の子孫Domingo Ureta Roxas。共同事業の名は「Casa Roxas」、当時の主要事業は農業・小規模製造・鉱業・貿易だった。マニラがまだスペイン植民地の主要港湾都市として機能していた時代、この事業体がフィリピン最古、そしてアジアでも有数の長寿企業へと成長する起点となった。

それから192年後の2026年、Ayala Corporation(ティッカー:AC、PSE上場)はフィリピン4大コングロマリットの一角を占める。時価総額は約2,800億ペソ(約7,000億円)で、4つの主要子会社——Bank of the Philippine Islands(BPI、銀行)、Ayala Land(不動産・モール)、Globe Telecom(通信)、ACEN(再生可能エネルギー)——を通じてフィリピン国民の生活インフラに広く食い込んでいる。Q1 2026のコア純利益は112億ペソで前年同期と横ばい、Ayala Landの不動産事業がやや軟調な一方、BPI・Globeが安定的に成長を続ける。経営を率いるのはZóbel de Ayala家——スペインとドイツの血を引く長寿の経営者一族——だ。

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1834年Casa Roxas創業からの社歴。Ayala Corporationはフィリピン最古、アジアでも有数の長寿企業
目次

スペインとドイツが混ざった創業家——192年の系譜

Ayala Corporationの源流は1834年、スペイン植民地時代のマニラに遡る。当時のフィリピンはスペインの植民地で、マニラはアジアと米州を結ぶ「ガレオン貿易」の拠点として栄えていた。共同創業者の1人Domingo Ureta Roxas(1792-1843)は、18世紀後半にメキシコのアカプルコからマニラへ渡ってきたスペイン系移民の子孫だった。もう1人のAntonio de Ayala(1803-1876)は、スペイン北部バスク地方の小さな町「Ayala」の出身で、若い頃にマニラに渡り、Roxas家の店員として働き始めた人物だった。

2人が1834年に設立した「Casa Roxas」は、農業(特にサトウキビ)、酒類製造、貿易、鉱業など複数領域に手を広げる典型的なスペイン植民地時代の商業事業体だった。1851年、Casa Roxasは独自の蒸留所「Destileria y Licoreria de Ayala y Compañía」を立ち上げ、ジン系蒸留酒の製造を開始した。この蒸留所が後に製造することになる「Ginebra San Miguel」は、現在もフィリピンを代表する蒸留酒ブランドとして残っている(※San Miguel Brewery系のSan Miguelビールとは別系統で、現在はGinebra San Miguel Inc.として独立運営)。

1832年、ハンブルク(ドイツ)からJohannes Andreas Sobel(後のヤコブ・ソーベル家)がフィリピンに移住してきた。彼は妻Cornelia Hirsch-Zobelと息子Jacob Hirsch Zóbelを連れて来比し、現地で薬局・化学品事業を開始した。やがてZóbel家とAyala-Roxas家は婚姻関係で結ばれ、「Zóbel de Ayala」というハイフン姓の一族が誕生する。1876年、Casa Roxasは正式に「Ayala y Compañía」へと改組され、Zóbel de Ayala家が経営の中心に据えられた。スペイン系・ドイツ系・フィリピン華僑系を混ぜた多文化背景を持つ一族による長期経営は、ここから本格的に始まる。

1898年の米西戦争でフィリピンが米国統治に移行した後も、Ayala家は商売を継続した。1934年のフィリピン・コモンウェルス成立、1942-45年の日本占領、1946年のフィリピン共和国独立、1965-86年のマルコス独裁政権——これらの政治変動を生き抜いた数少ない財閥として、Ayalaは国家の節目で常にビジネスを再構築してきた。特に第二次世界大戦後の1948年、Ayalaは戦災で荒れたマニラ郊外の湿地帯Makati(マカティ)の開発に着手した。これが後にフィリピンの中央ビジネス地区(CBD)となり、Ayala Landの基幹事業に育つことになる。

1968年、Ayala Corporationはフィリピン証券取引所(PSE)に上場した。当時の上場理由は、家族支配のままでは限界がある事業(特に不動産開発・金融)に外部資本を呼び込むためだった。上場後も Zóbel de Ayala家の支配権は維持され、現在は7代目のJaime Augusto Zobel de Ayala(会長)と弟のFernando Zobel de Ayala(前社長)が経営の中心を担っている。家族支配と公開企業の両立は、フィリピン財閥の典型的な形だ。

Ayala Corporationの歩み

4本柱体制——銀行・不動産・通信・再生エネルギー

現代のAyala Corporationは「持株会社」として機能し、4つの主要子会社がそれぞれの業界で支配的なポジションを持つ構造になっている。これらの子会社はすべて個別にPSE上場しており、Ayalaが持株会社として配当・株式評価益を通じて連結収益を得る形だ。

Q1 2026の各社業績と Ayala の持株比率から、グループ全体の収益貢献を推定できる。

Ayala Corporationの帰属純利益構成(2026年Q1・推定)

最大の収益柱は Bank of the Philippine Islands(BPI、Ayala持株比率約48%)だ。Q1 2026の純利益は169億ペソ(前年同期比+2%)と業界トップクラス。BPIはフィリピン3大民間銀行の1つで、総貸出残高2.6兆ペソ(前年比+14%)、総預金2.8兆ペソ(同+10%)。フィリピン国内では BDO Unibank(Sy家)、Metrobank(Ty家)、Land Bank(国営)と並ぶ大手で、Ayala帰属純利益の半分以上を稼ぐ屋台骨だ。

第2の柱はAyala Land Inc.(ALI、Ayala持株比率約46%)。Makati中央ビジネス地区を中心に、住宅・オフィス・モール・ホテルを開発する。Bonifacio Global City(BGC)、Nuvali(Laguna)、Vermosa(Cavite)、Arca South(Taguig)など複数の大型ミニシティを開発しており、フィリピンの中産階級〜富裕層向け不動産市場で No.1の地位を持つ。Q1 2026は不動産販売がやや軟調で、Ayala全体の収益にも影響している。

第3の柱は Globe Telecom Inc.(GTM、Ayala持株比率約30%、残りはシンガポールSingtel)。Q1 2026のコア純利益は49億ペソ(前年同期比+9%)、サービス収入は420億ペソ(+5%)。フィリピン国内の通信市場で PLDT(Manuel Pangilinan系MVP Group)と2強を形成。GlobeはGCashの親会社Myntの株主の1つでもあり、デジタル金融への参入も果たしている(2026-05-13のGCash記事を参照)。

第4の柱がACEN Corporation(旧AC Energy、Ayala持株比率約45%)。Q1 2026のコア純利益は14億ペソ(前年同期比-27%)と短期的には苦戦中だが、これは新規海外プラントの減価償却費と財務費用の増加によるもの。長期的には ACEN が Ayala の成長エンジンとして位置づけられる。発電容量は5GW超で、フィリピン国内のほか豪州、ベトナム、米国、インド、インドネシアに展開する。「2030年までに再生可能エネルギー比率100%」を掲げる、ASEAN最大級の独立系再生可能エネルギー事業者の1つだ。

その他、Ayala は AC Health(病院・薬局)、AC Logistics(物流)、Integrated Micro-Electronics, Inc.(IMI、電子部品製造)、AC Mobility(EV・モビリティ)など、複数の中小子会社も持つ。これらは Ayala の「次の柱候補」として育成されている領域で、現状の利益貢献は小さいが、5〜10年後の成長基盤として戦略的に位置づけられている。

4大家族コングロマリットの中での位置づけ

フィリピンの経済界は「4大家族コングロマリット」が支配する寡占型構造だ。Ayala(Zóbel de Ayala家)、SM Investments(Sy家)、JG Summit(Gokongwei家)、Aboitiz Equity Ventures(Aboitiz家)の4社で、フィリピン上場企業時価総額の大きな部分を占めている。それぞれ歴史・専門分野・経営スタイルが異なり、独特の生態系を形成している。

フィリピン4大家族コングロマリットの位置(時価総額ベース)

Ayala の差別化要素は、何よりも歴史の長さだ。192年の社歴は、SM Investments(Sy家、1958年創業)、JG Summit(Gokongwei家、1957年起業)、Aboitiz(Aboitiz家、1920年代スペイン系起源)と比べても抜きんでて長い。1834年から続く事業継承は、植民地時代・独立戦争・米国統治・日本占領・マルコス独裁・現代民主主義という全ての政治体制を生き抜いた稀有な経験を持つ。

SM Investments(時価総額約2,360億ペソ)はHenry Sy(1924-2019)が1958年に小さな靴店から築いた財閥で、現在はSM Mall(フィリピン全土に80以上の大型モール)、BDO Unibank(フィリピン最大手銀行)、SM Prime(不動産)の3本柱。中産階級・大衆消費に強く、Ayalaが富裕層・中産階級上層を狙うのに対し、SMはより広い「マス層」を取り込んでいる。

JG Summit(時価総額約1,880億ペソ)はJohn Gokongwei Jr.(1926-2019)が築いた多角化財閥で、Universal Robina(食品スナック)、Cebu Pacific(東南アジア最大級の格安航空、前回マレーシアCapital A記事の競合として登場)、Robinsons Land Corporation(商業不動産)、JG Summit Petrochemicals を持つ。Gokongwei家は華僑系で、Ayala・SMよりも幅広い領域に分散する戦略を取ってきた。

Aboitiz Equity Ventures(時価総額約1,696億ペソ)はAboitiz家(スペイン系バスクの血を引く)がミンダナオ島ダバオから興した財閥で、Aboitiz Power(電力)、Union Bank(銀行)、Pilmico Foods(食品)、AP Renewables などを傘下に持つ。電力に強みを持ち、ACEN(Ayala系)と再生可能エネルギー領域で競合する。

これら4社の中で Ayala は「最も古く、最も格式があり、最も保守的」な財閥として認識されている。経営はリスク回避型で、新規事業よりも既存事業の長期最適化を優先する傾向が強い。これが「200年続く」秘訣でもあり、短期的な成長率では他財閥に劣る要因でもある。

3つの強みと、保守経営の3つの課題

Ayala Corporationの強みは、第1に192年にわたる事業継承の知見だ。植民地・戦争・独裁・民主主義という極端な政治変動を経験したフィリピン財閥は他にいない。リスク管理・分散投資・政治変動への対応力が、家族経営の遺伝子として蓄積されている。これが2008年金融危機・2020年COVID-19パンデミックといった現代のショックに対しても、Ayalaが安定的に乗り切れた背景にある。

第2の強みは、4本柱の事業ポートフォリオの分散性。銀行(BPI)、不動産(Ayala Land)、通信(Globe)、再生エネルギー(ACEN)は、それぞれ景気サイクルが異なる事業だ。不動産が軟調な局面では銀行が金利上昇で稼ぎ、通信は景気変動の影響を受けにくく、再生エネルギーは長期契約による安定収益を生む。1セグメントの不調を他で相殺できる構造になっている。

第3の強みは、Zóbel de Ayala家の経営継続性。現在の会長Jaime Augusto Zobel de Ayala(1959年生まれ、66歳)は1995年から経営陣の中核を担い、30年以上の経営経験を持つ。次世代のZobel家メンバー(Jaime Augustoの息子・娘たち)も既に経営幹部として育成されており、世代交代の準備が他のフィリピン財閥より進んでいる。

一方で課題も明確だ。第1に、成長率の伸び悩み。Ayalaの過去10年の年率収益成長率は3〜5%程度で、東南アジアの新興企業(GoTo、GCash、ZUS Coffee等の前回までの記事で取り上げた企業)と比べて緩やかだ。保守経営の代償として、急成長機会を取り逃すリスクがある。

第2に、Ayala Landの不動産事業のサイクル依存性。フィリピンの不動産市場は中産階級の住宅ローン拡大に支えられているが、2024-2025年は中産階級の購買力低下で軟調が続いている。Ayala Landの売上が伸び悩めば、Ayala全体の収益にも影響する。Q1 2026のAyala全体の純利益-5%もこの影響を反映している。

第3に、ACEN国際展開の収益化タイミング。ACENは2020年代後半に大規模な海外発電所投資を実施しており、減価償却費と財務費用が短期的な利益を圧迫している。長期的にはACENが Ayala 連結利益の重要な柱になる見込みだが、その時期が2027年なのか2030年なのかで Ayala の中期収益見通しが大きく変わる。

2026年は「ACEN国際展開」と「中小子会社の選別」の年

Ayala Corporationの2026年経営アジェンダの中心は2つある。第1がACENの国際展開の収益化。豪州・米国・ベトナム・インドの発電所稼働を本格化させ、減価償却費を上回る発電収益を生む段階に入る。経営陣は「2028年までにACENを Ayala 連結利益の20%超の柱に育てる」という目標を掲げている。

第2のアジェンダは、AC Health・AC Mobility・IMIなどの「中小子会社」の選別だ。Ayalaは2024年から「2年でターンアラウンドする」という方針を打ち出し、収益貢献が薄い子会社の売却・統合・縮小を進めている。これは Jaime Augusto Zobel de Ayala の「規律ある資本配分」の哲学を反映した動きで、これまで「家族企業らしい甘さ」と見られていた事業ポートフォリオが、より明確な「収益重視」に切り替わりつつある。

もう1つの注目点は、Globe Telecom × Mynt(GCash運営)の関係深化。Globe Telecomは Ayala 経由でMyntの株主の1つであり、GCashが2026年中にIPOを実施する可能性がある(前回2026-05-13のGCash記事を参照)。GCashのIPOが実現すれば、Ayala/Globe側にも大きな評価益が発生し、2026〜2027年の連結利益にプラスの効果を与える。これは「Ayalaが間接的に保有するフィンテック資産の表面化」とも言える動きだ。

日本企業・ビジネスパーソン向け なるほどポイント

Ayala Corporationの物語を読み解くと、フィリピン経済の構造と長寿財閥の経営哲学についていくつかの示唆が見える。

  1. フィリピンの「主要生活インフラ」はAyalaグループが多くを握る。中産階級の銀行口座(BPI)、住宅・モール(Ayala Land)、通信(Globe)、電気(ACEN経由)——マニラ都市部の中産階級は1日のうちに何度もAyala系のサービスに接触している。日系企業がフィリピンでBtoC事業を展開する際、Ayalaグループとの連携・提携を視野に入れると、流通と顧客接点を一気に確保できる可能性がある。
  2. 200年続く財閥の経営哲学は「短期最適化を捨てて長期分散投資に徹する」。Ayalaの過去10年の収益成長率は3〜5%と緩やかだが、これが200年生き残る秘訣でもある。日系企業のASEAN戦略でも、短期売上を追うのではなく「次の50年に何を残すか」を考える視点を、Ayala流の長期主義から学べる部分がある。
  3. ASEAN財閥の「世代交代」は2026〜2030年に集中する。Charoen Sirivadhanabhakdi(タイThaiBev、80歳)、Michael Bambang Hartono(インドネシアBCA、2026年3月死去、86歳)、Jogi Hendra Atmadja(インドネシアMayora、79歳)など、戦後創業の華僑系・スペイン系財閥創業者世代が80代に達している。Ayalaは Zobel家の世代交代準備が他社より早めに進んでいるが、ASEAN各国の財閥は今後5年で大規模な世代交代局面を迎える。日系企業がASEAN財閥とM&A・提携を検討する際、世代交代のタイミングを意識した戦略立案が重要になる。

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