【インドネシア企業紹介】Indofood|Indomieで日清を抜き世界首位に立ったSalim家3代の食品帝国

2024年7月、英国の市場調査会社Kantarが発表したBrand Footprint Reportの即席麺部門で、ある変化が起きた。長年世界首位を保ってきた日清食品のカップヌードルを抑え、新たに頂点に立ったブランドの名は「Indomie」。インドネシアの食卓に40年以上根ざし続けてきたあの黄色いパッケージの即席麺が、消費者から選ばれた回数(Consumer Reach Points)で世界一の即席麺ブランドとなった瞬間だった。製造元は、創業者Liem Sioe Liong(リエム・シオエ・リオン、後にスダノ・サリムと改名)が中国福建省から渡ってきた18歳の青年から60年かけて築き上げたSalim Group傘下、PT Indofood Sukses Makmur(IDX: INDF)とその子会社Indofood CBP(IDX: ICBP)だ。

2025年通期の連結純利益は10.68兆ルピア(約920億円、前年比+24%)、2026年第1四半期の売上は33.89兆ルピア(約2,922億円)に達した。製造拠点はインドネシア国内60工場・海外20工場以上、年間生産パック数は190億——インドネシア国民1人あたり年70パック以上に相当する数字だ。1人の華僑系移民が築いた食品帝国が、いま「グローバル即席麺企業」として世界に展開している。

190億パック
Indomieの年間生産パック数(2024年・100カ国以上で販売)
目次

福建省の少年がスハルトの右腕になるまで——1916-1968年の50年

1916年、中国福建省福清の小さな村で1人の男児が生まれた。本名Liem Sioe Liong。1938年、22歳になった彼は混乱を増す中国から脱出し、すでにジャワ島中部クドゥス(Kudus)で事業を営んでいた兄Liem Sioe Hieと義兄Zheng Xusheng(鄭旭生)を頼って渡航した。クドゥスはインドネシアの丁子(クローブ)産業の中心地で、リエムはここで丁子の取引と織物業を覚えた。

転機は1945年からの独立戦争で訪れた。リエムが手掛けていた製造会社が、インドネシア独立軍の医療物資調達を担うようになった。その時、現地の若手将校だったスハルト(Suharto)と接点を持ったのが、後の50年を決定づけた。当時のスハルトはまだ無名の中佐だったが、リエムは「真面目で物資の管理が几帳面な男」と評価し、戦時下から個人的な信頼関係を築いていった。

1965年9月30日、9・30事件と呼ばれるクーデター騒動が発生し、スハルトが軍の実権を握った。1967年にはスカルノ大統領を退陣に追い込み、1968年に第2代大統領に就任。「新秩序(New Order)」と呼ばれる32年間の長期政権が始まった。この政権交代と同時に、リエムは決定的な恩恵を受けた。1968年、スハルト政権から丁子輸入の独占権を獲得し、さらに同年、Bogasari Flour Millsを通じて小麦粉製造の独占的な地位を得た。インドネシアで消費される小麦粉のほぼ全量を1社で握る——この構造が、後のIndomieを支える原料基盤となる。

リエムはこの2つの独占を起点に、銀行(Bank Central Asia、1972年に経営権取得)、セメント(Indocement)、食用油(Bimoli)、自動車(KIA Indomobil)へと事業を多角化させた。1980年代後半、Salim Groupはインドネシア最大の非国営コングロマリットへ成長し、リエムは東南アジア有数の富豪として知られるようになった。「スハルトの右腕」「クロニー資本主義の象徴」という評価は、彼の人生にずっと付きまとった。1990年、すでに70代になっていたリエムは、それまで複数会社で別々に営まれてきた食品事業を統合し、PT Indofood Sukses Makmurを正式に設立した。Indomieブランドは1972年に発売されていたが、Indofoodという企業体としての本格的な統合経営は、ここから始まった。

そして1998年、5月にジャカルタで暴動が起こり、長く続いたスハルト政権が崩壊した。アジア通貨危機の最中だった。Salim帝国は最大の試練に直面する。BCAは取り付け騒ぎから政府接収を経て、最終的にHartono家(2002年に買収)へ渡った。Indocementは独メハイデルベルク・セメントに大部分を売却。それでもリエムは、Indofoodだけは死守した。「Indofoodはインドネシア国民の食を支えるインフラだ」という主張で、政府の資産売却命令を粘り強く乗り切った。2004年、長男のAnthoni SalimがINDFのCEOに就任。リエムは事実上引退し、2012年6月、95歳でシンガポールで死去した。1998年の危機で帝国は半分以下に縮小したが、食品事業を温存できたことが、現在の世界首位即席麺ブランドへの道を残した。

Indofood (Salim Group)の歩み

「Total Food Solutions」——原料から食卓まで一気通貫の事業構造

Indofoodグループは、Anthoni Salimが2004年以降推し進めてきた「Total Food Solutions(総合食品ソリューション)」というビジョンの下で組織されている。具体的には、原料(小麦・パーム油・酪農)から加工・流通・小売までを1つのグループで内製化する垂直統合モデルだ。グループは大きく4つの事業部に分かれる。

1つ目が「Consumer Branded Products(CBP)」、上場子会社のIndofood CBP(ICBP)が担う消費財事業。Indomie、Sarimi、Supermi、Pop Mieといった即席麺ブランド、乳製品Indomilk、スナックChitato、調味料Indofood Bumbu Spesial、栄養食品Promina——インドネシアのスーパーマーケットに並ぶ食品の多くがICBP製だ。2025年1-9月の売上56.26兆ルピア(約4,851億円)のうち、即席麺が75%(42.02兆ルピア)を占める圧倒的な収益源となっている。乳製品が13%、スナック・調味料・その他が12%という構成だ。

2つ目が「Bogasari」——インドネシア最大の小麦粉製造事業。Indomieに使う原料を内製化することで、コスト変動リスクを抑えられる。3つ目が「Agribusiness(アグリビジネス)」で、パーム油・砂糖・ゴム等のプランテーション事業を担う。INDFはシンガポール上場のIndofood Agri Resourcesを通じてこの分野を運営し、即席麺の油脂原料も内製化している。4つ目が「Distribution(流通)」で、47拠点・1,200トラック規模の自社物流網を運営し、グループ製品をインドネシア全土の小売店に届けている。

2025年通期の連結数字を見ると、INDFの売上は137兆ルピア前後(約1.18兆円規模)、純利益10.68兆ルピア(約920億円)、純利益率は約7.8%。グロスマージン33.4%、EBITDAマージン20.4%。即席麺中心の事業構造ながら、原料の自社調達と国内流通の支配で、消費財メーカーとして高水準の収益性を維持している。2026年Q1の売上は33.89兆ルピア、純利益2.96兆ルピア——前年同期比でも+5%前後を維持しており、ルピア安や原材料市況の逆風を、価格改定とコスト管理で乗り切っている。

海外展開の中心はやはりIndomieだ。生産拠点は国内60工場に加え、マレーシア、サウジアラビア、ナイジェリア、エジプト、トルコ、セルビアなど20カ国超に展開する。販売は100カ国以上で、特にナイジェリアでは「現地の国民食」と呼ばれるほどの浸透度を持つ。1988年に現地パートナーTolaramと組んでナイジェリアに進出した時、即席麺は現地でほぼ知られていなかった。35年かけて、Indomieはアフリカ最大の即席麺ブランドへ成長した。中東(サウジ・エジプト・トルコ)、東欧(セルビア)、北米(米国の華人・アジア系コミュニティ)でも販売を拡大している。

Indofood CBP(ICBP) 事業セグメント別売上構成(2025年1-9月)

世界の即席麺は190億パック対100億パック——Indomieの圧倒的な数字

世界の即席麺市場は、World Instant Noodles Association(WINA)の集計で年間1,200億食を超える巨大市場だ。国別1位は中国(約450億食)、2位インドネシア(約140億食)、3位インド、4位ベトナム、5位日本——アジア中心の市場構造になっている。この中で「ブランド別」の販売量を見ると、Indomie(Indofood)の年間販売パック数は約190億パック。日清食品のグローバル全体販売量は約100億パック(カップヌードル+チキンラーメン等含む)で、Indomieに首位を譲った形になる。

インドネシア国内市場では、Indomieのシェアは70%超で圧倒的だ。Indofoodが持つ4つの即席麺ブランド(Indomie、Sarimi、Supermi、Pop Mie)を合算すれば、国内シェアは80%以上に達する。最大のライバルはWings Food(Sayap Mas Utama)が運営する「Mie Sedaap」で、国内シェアは15-20%程度と推定される。Mie Sedaapは2003年に発売され、「より辛い味」「サンバル風味」などローカル嗜好に特化することでシェアを奪取してきた。Indomieが海外展開で稼ぐのに対し、Mie Sedaapは国内集中で利益率を保つ——という戦略の対比が、インドネシア即席麺市場のもう1つのストーリーだ。

グローバル比較では、Nissin Foods(日本)、Master Kong(中国・康師傅)、Nongshim(韓国・農心、辛ラーメン)が主要競合となる。Master Kongは中国国内で30%超の圧倒的シェアを持つが、海外展開は限定的。Nongshimは辛ラーメンで北米・欧州の高単価市場を狙う戦略だ。Indomieの強みは「低価格×大量生産×新興国市場特化」——アフリカ・中東・東欧という、欧米日韓ブランドが手薄な地域での圧倒的展開で、グローバル首位の座を勝ち取った。

世界の即席麺主要プレイヤー比較(2024年・年間販売量ベース)

強みと課題

強み1:垂直統合による原料コスト管理

BogasariからICBPまでの一気通貫構造により、小麦粉・パーム油・乳製品の主要原料を自社で内製化している。ルピア安・原料市況の変動に対する耐性が、独立系食品メーカーより明らかに高い。2022-2024年の小麦・原油価格急騰局面でも、INDFの利益率は大きく崩れなかった。

強み2:新興国でのブランド浸透

Indomieはナイジェリア(35年)、サウジアラビア(30年)、エジプト等で「現地ブランド」として定着している。日清・Master Kong・Nongshimがいずれも本国市場依存を残す中、Indofoodは「新興国×即席麺」という独自のセグメントで圧倒的シェアを確保している。

強み3:First Pacificを通じた海外資産

Anthoni Salim氏が会長を務める香港上場のFirst Pacific Company(00142.HK)は、IndofoodだけでなくフィリピンPLDT(通信)、Metro Pacific Investments(インフラ)、PacificLight(シンガポール電力)等を傘下に持つ。Salimグループは食品にとどまらないASEANインフラ複合体として、危機時の事業ポートフォリオ分散を効かせている。

課題1:即席麺事業への過度な依存

ICBPの売上の75%が即席麺。乳製品・スナック・調味料は伸びているものの、即席麺市場の成長鈍化や消費者の健康志向シフト(MSGや脂質への懸念)が直接的な収益圧力になる。Indofoodは栄養食品(Promina)・植物性たんぱく(Mile Indomilk)等の新事業を立ち上げているが、収益寄与はまだ小さい。

課題2:規制・社会的批判リスク

2010年代に台湾でIndomieから発がん性懸念のある物質が検出されて販売停止になった事例(後に解決)など、新興国輸出の安全規制リスクは常に存在する。さらにアグリビジネス事業ではパーム油の環境破壊批判を受けやすく、ESG投資家からの圧力が増している。

課題3:第二世代から第三世代への承継

Anthoni Salim氏は1949年生まれで、2024年に再任されたが、76歳という年齢的に第三世代への承継準備が課題となる。長男Axton Salimをはじめ後継候補は複数いるが、創業時のリエム→Anthoniのような明確な単独承継パターンになるか、複数の子息が事業分担するかは未定だ。

2026年——Indomie世界首位のその先

Anthoni Salim氏は2024年のIDN Financials誌の取材で、「Indofoodを単なる食品メーカーではなく、Total Food Solutionsを提供するグローバル企業に転換する」と発言している。具体的な施策として、(1)海外生産拠点の追加(2026年中に中東・アフリカで2拠点拡張予定)、(2)植物性たんぱく市場への参入(InnoFood Labを設立)、(3)デジタル販売チャネルの強化(東南アジアECでの直販拡大)——を打ち出している。

2026年Q1の業績は前年同期比で堅調を維持したが、ICBPの2025年通期は売上+1.4%にとどまり、即席麺市場の成長鈍化が表面化し始めている。Bloomberg、Bisnis Indonesia等の海外メディアは「Indomieの規模は完成形に近い。次の成長エンジンは乳製品・スナック・植物性たんぱくの拡大が決め手になる」と分析する。Salim家3代——リエム(創業)、Anthoni(グローバル化)、そして第三世代——が向き合うのは、創業者が築いた即席麺帝国を、次の100年へ拡張する戦略の選択だ。

日本企業・ビジネスパーソン向け なるほどポイント

1. 即席麺の世界首位はインドネシア発・日清は2位に転落

Kantar Brand Footprint 2024で、Indomieが日清食品を抜いて世界首位の即席麺ブランドとなった。日本の食品業界の常識(即席麺=日清)が大きく書き換わっている。新興国市場での圧倒的存在感が逆転の原動力だ。

2. 「Salim Group」はASEAN全域に広がる華僑コングロマリット

Anthoni Salim氏が会長を務めるFirst Pacific(香港上場)は、IndofoodだけでなくフィリピンPLDT(通信)、シンガポール電力PacificLight等を傘下に置く。ASEAN進出を考える際、「Salim Group=インドネシア食品」というイメージだけで捉えると見落とす。事業ポートフォリオの分散が経営の安定基盤になっている構造を意識したい。

3. インドネシア食品市場での競争原理は「ローカル嗜好への対応速度」

Indomieの国内シェア70%という強さは、地方ごとに異なる味覚(スマトラの辛さ、ジャワの甘辛、東部の魚介系等)に細かく対応するSKU展開によるもの。Wings FoodのMie Sedaapが「サンバル風味」で15%を奪ったように、日系食品メーカーがインドネシア市場で戦う際は、現地嗜好への徹底的なローカライズが鍵を握る。

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