2026年4月28日、ジャカルタ証券取引所(IDX)に上場するMayora Indah(ティッカー:MYOR)が発表した第1四半期決算は、業界アナリストにとって興味深い数字を含んでいた。連結売上は9.39兆ルピア(約810億円)で前年同期から微減。しかし純利益は9,456億ルピア(約81.5億円)で前年同期比+37.15%という大幅増益だった。原材料コスト下落を活かした効率化戦略が機能し、トップラインが落ちる局面でも収益性を維持する力を示した。
Mayoraは、東南アジアの中産階級なら誰もが知るブランドの集合体だ。コーヒーキャンディ「Kopiko」、バタークッキー「Danisa」、ビスケット「Roma」、即席飲料「Energen」「Torabika」、ウェハー「Beng Beng」——これらの製品は世界100カ国超で販売されており、輸出が売上の41%を占める。2021年の韓国ドラマ「Vincenzo」と「Hometown Cha-Cha-Cha」でKopikoが頻繁に登場した「ドラマ内マーケティング」の成功で世界的な認知が一段と広がった。1948年にジャカルタの自宅キッチンで始まった家族経営のビスケット屋が、78年を経てインドネシア発のグローバルブランドメーカーへと育った物語を整理する。
1948年自宅キッチンから——華僑3世代の食品帝国
Mayora Indahの源流は、1948年のジャカルタにある。当時、中国大陸の混乱を逃れてインドネシアに移ってきた華僑系の一家が、自宅のキッチンで小さなビスケット製造を始めた。最初の製品は「Marie Biscuit」というシンプルな丸型のバニラビスケットだった。当時のインドネシアは独立直後で、輸入品の流通が限られた時代。地元住民向けに手づくりで作る手間のかかるビスケットでも、十分な需要があった。
1970年代初頭、家族の次世代として頭角を現したのがJogi Hendra Atmadja(1946年生まれ)だった。Trisakti大学の医学部に進学していたが、家業に魅力を感じて中退し、ビジネスの道を選んだ。1976年、家族は工場を本格化するためジャカルタのカンプンバリ地区に移転し、ビスケットブランド「Roma」を立ち上げて販売規模を急拡大した。Romaは赤い包装紙の薄焼きビスケットで、低価格・大容量という設計で庶民の家庭に浸透した。
1977年2月17日、Jogi Hendra Atmadja は当時31歳でPT Mayora Indah Tbkを正式に設立した。会社名の「Mayora」は彼の母親の名前「Maria」と「Yola」(妹の名前)を組み合わせた造語だ。同時期、彼は単なるビスケット製造業から食品コングロマリットへの転換を構想していた。重要だったのは、1980年代初頭にKopiko(コーヒーキャンディ)を発売したことだ。当時インドネシアではブラックコーヒーをそのまま飲む文化が強く、「キャンディとしてのコーヒー」という商品コンセプトは新しかった。コーヒー風味の固いキャンディに練乳の甘さを加えた配合は、後のグローバル展開でKopikoの代名詞となる味の基礎を作った。
1990年、Mayora IndahはIDX(インドネシア証券取引所)に上場した。当時の時価総額は数百億ルピア規模だったが、上場による資金で工場拡張と海外輸出の準備を進めた。1990年代後半から2000年代にかけて、Mayoraは東南アジア各国に輸出を拡大し、続いて中東、アフリカ、欧州、北米へと販路を広げていった。1990年に1カ国だった販売地域は、2010年代までに50カ国超、2020年代には100カ国超へと拡大した。
Jogi Hendra Atmadjaは現在79歳(2026年時点)で、会社の代表取締役会長(President Commissioner)として経営に関わり続けている。彼には3人の子供——Andra Sukrendra Atmadja、Hendarta Atmadja、Wardhana Atmadja——がいて、それぞれグループの異なる部門で経営に携わっている。Forbes 2024年版インドネシア富豪ランキングでAtmadja家は12位、推定純資産47億ドル(約7,000億円)に位置している。
「2セグメント・100カ国」というシンプルなビジネスモデル
Mayora Indahの事業構造は、複雑な多角化を進めた東南アジアの他のコングロマリット(前回取り上げたフィリピンSan Miguelやマレーシア YTLなど)とは対照的に、極めてシンプルだ。食品(biscuit、wafer、candy、snack)と飲料(インスタント・コーヒー、エナジー粉末、ヘルスドリンク)の2セグメントに事業を絞り、その代わりに地理的な拡大と単品ブランドの深掘りを徹底する戦略を取ってきた。
Q1 2026の売上構成を見ると、パッケージ食品と飲料がほぼ6対4の比率になっている。
パッケージ食品セグメント(売上比率約61%、Q1 2026で5.72兆ルピア)の中核は、ビスケット類のRoma、バタークッキーのDanisa(デンマーク風の青缶パッケージで知られる)、ウェハーチョコのBeng Beng、コーヒーキャンディのKopikoだ。中でもKopikoは、「キャンディ」というカテゴリにも関わらずMayoraの代名詞的存在で、輸出比率も最も高い。フィリピン、ベトナム、マレーシア、インド、中東、アフリカ、米国まで——「飛行機の機内でフライトアテンダントが配るキャンディ」としても定着している。
パッケージ飲料セグメント(売上比率約39%、Q1 2026で3.66兆ルピア)の中核は、インスタントコーヒーTorabika、エナジー粉末飲料Energen、ヘルスドリンクのVitazoneなど。インドネシア国内では特にTorabika 3-in-1(コーヒー・砂糖・ミルク混合)が定番で、街角の屋台からスーパーマーケットまで広く流通している。
注目すべきはMayoraの海外戦略だ。同社の輸出は売上の41%を占め、その内訳は東南アジア(マレーシア、フィリピン、ベトナム、シンガポール)、中東(UAE、サウジアラビア)、アフリカ(ナイジェリア、エジプト、南アフリカ)、欧州(オランダ、英国)、北米(米国、カナダ)と多岐にわたる。特にKopikoはこれらの地域で「インドネシアといえば」のブランドになっており、Mayoraは輸出時に「インドネシア発」を前面に出さない方針で、地元ブランド風にローカライズすることが多い。
2021年から2022年にかけて、Mayoraは予期せぬ国際的プロモーションを獲得した。Netflix配信の韓国ドラマ「Vincenzo」(2021年)と「Hometown Cha-Cha-Cha」(2021年)で、登場人物がKopikoを食べるシーンが繰り返し挿入された。これがNetflixの世界190カ国の視聴者に伝わり、Kopikoのブランド検索件数が世界各地で急増。2022年にはイーロン・マスク氏のSpaceX社の宇宙ミッションにKopikoが「乗組員のお菓子」として同行したことが話題になり、ブランドの希少性価値もさらに上がった。これらは意図的なマーケティング戦略というよりも、「Kopikoが世界中の人気者になる過程」の象徴的な出来事として、ブランド資産を高めた。
Q1 2026の決算で注目すべきは、売上が前年同期比でやや減少した(9.85兆→9.39兆ルピア)にも関わらず、純利益が+37%伸びた構造だ。これは原材料コスト(小麦、砂糖、カカオ、コーヒー豆)の下落局面で、Mayoraが在庫管理と価格設定をうまく合わせた結果と分析されている。Mayoraは食品メーカーとして原材料コストの変動に強くさらされる業態で、コモディティ市況の読みが収益の鍵を握る。
インドネシア食品メーカー競争——Indofoodと並ぶ「もう1つの巨人」
インドネシアの食品・飲料市場は、地元大手数社が圧倒的なシェアを持つ寡占型の構造だ。最大手は今もIndofood CBP(ICBP、Salim家経営)で、Indomieの即席麺ブランドを中核に世界2位の即席麺メーカー。2024年通期売上は約72兆ルピアで、Mayoraの2倍近い規模を持つ。両者は同じ「インドネシア発の食品グローバルブランド」というカテゴリにいるが、Indomieが「即席麺一強」、Mayoraが「複数ブランドの集合」という点で戦略が異なる。
第3勢力としてWings Group(Katuari家経営、非上場)がある。即席麺ブランドのMie Sedaapはここ10年でIndomieに迫るシェアを獲得しており、洗剤So Klin、飲料Top Coffeeなど複数カテゴリで展開している。非上場のため正確な業績は不明だが、業界推定では年商Mayoraと同等かそれ以上とされる。
第4勢力がGarudaFood(上場)で、ピーナッツスナックのKacang Garudaやチョコレートで知られる。MayoraやIndofoodと比べて規模は小さいが、特定カテゴリ(豆系スナック)では強い。
Mayoraの差別化は3つある。第1に、輸出比率の高さ(売上の41%)。インドネシアの食品大手の中でMayoraは「最もグローバルな企業」と言える。Indofoodも海外展開を進めているが、輸出比率は20%程度に留まる。Mayoraは創業段階から「インドネシアで作って世界に売る」という構想を持っていたのが奏功している。
第2に、ブランドポートフォリオの多様性。Mayoraは「Kopiko」というアイコン商品を持ちつつ、Roma、Danisa、Beng Beng、Torabika、Energenなど合計10以上の主要ブランドをグローバル展開している。これは1ブランド依存リスクを下げ、特定の地域・カテゴリの不振が全体に与える影響を緩和する構造になっている。
第3に、家族経営の長期戦略視点。Mayoraは創業から78年、Atmadja家3世代にわたり経営を続けている。Salim家のIndofood、Katuari家のWings、Hartono家のGaruda Foodと並んで、インドネシアの食品業界は華僑系家族企業が支配する構造だが、Mayoraは特に「3世代の継続経営」という安定性が際立つ。
3つの強みと、3つの構造的課題
Mayora Indahの強みは、第1にKopikoブランドの世界的認知度だ。Kopikoは「コーヒーキャンディ」という固有のカテゴリを世界市場でほぼ独占している。Mondelez、Nestle、Ferreroなどのグローバル菓子大手も対抗品を出しているが、コーヒーキャンディの「元祖」としてのKopikoの地位は揺らいでいない。これは80カ国超でブランド資産として継続的に評価されている。
第2の強みは、輸出比率41%という「インドネシア最高水準のグローバル化」だ。これにより、インドネシア国内の景気変動や為替変動の影響を、他の食品大手より小さく抑えられる。特にルピア安局面では、輸出ドル建て収入がルピア換算で増えるため、Mayoraの純利益はむしろプラスに作用する構造だ。
第3の強みは、Atmadja家3世代の安定経営。創業者Jogi Hendra Atmadjaが今も会長として戦略判断に関与しつつ、3人の息子が日常経営を担う体制は、家族企業特有の「短期業績圧力からの解放」と「長期投資判断」を両立させている。マーケティング投資や海外進出のような時間軸の長い決断が継続的に実行できる。
一方で課題も明確だ。第1に、即席麺市場への参入機会の逸失。Mayoraは創業以来「ビスケット・キャンディ・コーヒー」を中核とし、即席麺カテゴリにはほぼ参入していない。即席麺はインドネシア食品市場の最大カテゴリで、IndomieとMie Sedaapが2強で占めている。Mayoraが今後ここに参入するハードルは年々高まっている。
第2に、原材料コスト変動への敏感性。Mayoraの主要原材料(コーヒー豆、ココア、小麦、砂糖、パームオイル)はいずれもコモディティ市場に左右される。2024〜2025年はコーヒー豆価格の急騰、2026年は落ち着きという展開を経験したが、これらの市況変動は今後も繰り返される。Q1 2026の好業績は市況の落ち着きが寄与した部分も大きく、市況逆風時の収益性が試される局面が来る。
第3に、世代交代リスク。Jogi Hendra Atmadjaは79歳で、いずれ完全な引退を迎える。3人の息子のうち誰が会長職を継ぐかはまだ明確に発表されていない。家族経営の「3世代目への継承」は、東南アジア華僑企業で最も難しいタイミングとして知られており、Mayoraもこの試練を控えている。
2026年は「効率化からの再投資」が試される年
Mayora Indahの2026年経営アジェンダは、Q1の効率化成功を受けた「再投資局面」への移行だ。原材料コストの落ち着きと、効率化施策による収益性向上で、現金余力は積み上がっている。これをどう活用するかが今後1〜2年の戦略判断の核心になる。
第1の選択肢は、輸出拡大への投資だ。特に欧州・北米市場でのプレゼンスはまだ限定的で、Kopikoブランドの世界的認知の高まりを活かして、米国・カナダ・英国でのリテール網拡張が考えられる。2022年のSpaceX効果でKopikoの米国市場での認知度は急上昇したが、流通網は依然として狭い。
第2の選択肢は、新カテゴリ参入。健康食品・機能性飲料・低糖・ハラル特化など、東南アジアと中東の消費トレンドに合わせた新商品開発が検討されている。特に2026年10月からインドネシア国内でハラル認証が全面義務化される中、ハラル認証取得済みの商品を「ハラル+世界品質」として東南アジア・中東に展開する戦略が浮上している。
第3の選択肢は、世代交代の準備。3人の息子のうち、Andra Sukrendra Atmadjaが副社長として日常経営を主導しており、いずれは会長職を継承する可能性が高い。世代交代に向けた経営体制の整備、ブランド戦略の若返り、デジタル販売チャネル(EC・SNS)の強化など、3世代目の経営スタイルへの移行が2026〜2028年の課題となる。
日本企業・ビジネスパーソン向け なるほどポイント
Mayora Indahの物語を読み解くと、インドネシアの食品市場と東南アジア華僑企業の経営構造についていくつかの示唆が見える。
- ASEAN発の消費財ブランドは「単品集中」よりも「中堅複数ブランド集合」が長期的に強い。Mayoraは1つの巨大ブランド(Indomieのような)ではなく、Kopiko・Roma・Danisa・Beng Beng等の中堅ブランドを複数持つ。これがカテゴリ・地域別のリスク分散になっている。日系食品メーカーがASEANで展開する際、1ブランドでマス市場を狙うより、ニッチを複数押さえる戦略の方が成功確率が高い場合がある。
- 「韓国ドラマでの間接露出」は意図せざるグローバルマーケティング装置になりうる。Mayoraは2021年のVincenzo・Hometown Cha-Cha-ChaへのKopiko登場で世界的認知を獲得した。これは韓国制作チームへの直接マーケティング投資ではなく、長期的なブランド構築の結果として「韓国ドラマに登場する地元商品」として選ばれた。日系企業が韓国・タイ・インドのドラマ・映画市場に対する商品配置(プロダクト・プレースメント)を戦略的に考えると、グローバル認知を低コストで構築できる可能性がある。
- 東南アジア華僑企業の「3世代継承」局面は今後5年で多発する。Mayoraの創業者Jogi Hendra Atmadja(79歳)、IndofoodのSalim家、CPグループのChearavanont家(タイ)など、戦後創業の華僑系企業創業者世代が80代に達しており、2026〜2030年は3世代目への継承タイミングが集中する。日系企業がASEAN財閥と提携・M&Aを検討する際、世代交代のタイミングを意識すると交渉余地が広がることがある。
本記事の主な出典
- Warta Ekonomi「Penjualan Turun, Laba Mayora Indah (MYOR) Tetap Melesat 37% di Q1 2026」(2026年4月28日)
- Wikipedia「Mayora Indah」
- Wikipedia「Jogi Hendra Atmadja」
- Backscoop「Mayora: The founding story of the conglomerate that created Kopiko」
- Bareksa「Laba Bersih Mayora Indah (MYOR) Melonjak 37% di Kuartal I 2026」
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