【インドネシア企業紹介】GoTo|創業以来初の四半期黒字171億ルピア——Gojek+Tokopedia合併から5年の物語

2026年4月29日、インドネシアのテック企業GoTo Gojek Tokopedia(以下GoTo)が発表した1〜3月期決算は、業界関係者にとって長く待ち望まれた数字を含んでいた。純利益171億ルピア。日本円にしておよそ16億円の小さな黒字だが、これは2010年に1台のスクーターと電話受付から始まったGojekと、2009年にジャカルタの賃貸オフィスで立ち上がったTokopediaが、合併を経て上場し、四半期ベースで初めて記録した黒字である。

GoToのグループCEO(最高経営責任者)であるHans Patuwoは決算発表で「創業以来初の純利益達成は、GoToにとって大きな節目だ」と述べた。インドネシア最大のテック企業が、創業から16年、合併から5年を経て、ようやく「赤字を出しながらユーザーを集める段階」を抜けた瞬間だった。

171億ルピア
GoToが2026年1〜3月期に達成した、創業以来初の四半期純利益(約12.7百万ドル)
目次

2人の創業者が動かした、ジャカルタの渋滞とEC不毛の地

GoToの源流は2人の若い創業者にある。Tokopediaを立ち上げたWilliam Tanuwijaya(ウィリアム・タヌウィジャヤ)と、Gojekを立ち上げたNadiem Makarim(ナディム・マカリム)だ。彼らがそれぞれ事業を起こした2009年と2010年、インドネシアのオンライン経済はほぼ存在しなかった。

Tanuwijayaの出発点は、北スマトラ州の小さな町から始まる。彼はジャカルタの大学に進学した時、インターネットカフェで深夜のアルバイトをしながら学費を稼いだ。卒業後はゲーム会社、ソフトウェア会社で働いたが、2007年ごろから「インドネシア版の楽天」を作りたいと周囲に語り始めていた。当時のインドネシアでは、地方の小売店がジャカルタや海外の商品を仕入れる手段が極めて限られており、信頼できるオンラインマーケットプレイスは存在しなかった。

2009年、彼は共同創業者のLeontinus Alpha Edisonとともに、ジャカルタのオフィスビルの一室でTokopediaを立ち上げた。最初の数年は資金集めに苦労し、Tanuwijaya自身が複数のベンチャーキャピタルから「インドネシアでECは成立しない」と断られたエピソードを後年のインタビューで何度も語っている。転機は2014年。日本のソフトバンクとアメリカのSequoia Capitalが共同で1億ドル(当時のレートで約100億円)の出資を決めた。その後、2017年にはアリババが11億ドル(約1,200億円)を投じ、Tokopediaは一気に「インドネシアの楽天」と呼ばれる存在になった。

一方のGojekは、毛色が違う。Makarimはハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得し、ジャカルタに戻って大手コンサルティング会社で働いていた。彼が日々悩まされていたのは、ジャカルタの渋滞と、職場と自宅を行き来する時間だった。当時のジャカルタでは「オジェック(ojek)」と呼ばれるバイクタクシーが渋滞をすり抜けて移動する手段として広く使われていたが、それは個人の運転手と乗客が路上で交渉する非公式の経済だった。

2010年、Makarimは20人のオジェク運転手と契約し、コールセンター方式で電話受付を始めた。乗客が電話をかけると、オペレーターが最寄りの運転手に無線で連絡する仕組みだった。これがGojekの第1形態だ。スマートフォン以前の時代らしい、地味な始まりだった。

転機は2015年に訪れた。スマートフォンの普及を見越し、Makarimはアプリ版Gojekを公開した。サービス開始直後の1日3,000件だった注文は、アプリ公開からわずか数ヶ月で1日1万件に膨れ上がり、Gojekは需要に運転手の供給が追いつかない状態になった。2017年にはユニコーン(評価額10億ドル超のスタートアップ)入りし、配車だけでなく食事配送のGoFood、決済のGoPay、物流のGoSendなど、20以上のサービスを束ねる「スーパーアプリ」へと進化した。

GoTo Gojek Tokopediaの歩み

3つの収益エンジン──オンデマンド、フィンテック、そしてByteDanceとの取引

GoToの事業構造は、合併と分離を経て独特の形になった。現在の収益源は大きく3つある。第1がGojekブランドで運営するオンデマンドサービス(配車・食事配送)、第2がGoPayを核とするフィンテック、第3がTokopedia株式の大部分を売却したByteDance(中国の動画共有サービスTikTokの親会社)との商業契約だ。

2026年Q1の純収益は5.3兆ルピアで、前年同期比26%増。このうちオンデマンドが3.4兆ルピア(前年比12%増)、フィンテックが1.9兆ルピア(前年比58%増)を占めた。比率にすれば、オンデマンド約64%、フィンテック約36%という構成だ。注目すべきはフィンテックの伸びで、純収益で58%成長したのに対し、調整後EBITDA(金利・税金・減価償却前利益)は前年比674%という爆発的な伸びを記録した。

GoToの純収益セグメント別構成(2026年Q1)

フィンテックの内訳をもう少し細かく見ると、決済サービスGoPayの取引件数は20億件超(前年比84%増)、融資残高は前年比59%増と、決済と与信の両輪で伸びている。インドネシアでは銀行口座を持たない成人がいまも人口の半分近くを占め、GoPayは小口送金や公共料金支払いの「最初のデジタル金融体験」を担う存在になりつつある。融資残高の急拡大は、配車運転手や小規模商店向けの少額融資が中核で、決済データを与信に転用する構造が機能している証拠と言える。

第3の柱であるByteDanceとの商業契約は、GoToにとって特殊な収益源だ。GoToは2023年12月、Tokopedia株式の75%をByteDanceに売却した。これはByteDanceがインドネシアで運営していたTikTok Shopが規制当局から「ECとSNSの分離」を求められたことへの対応で、TikTokのEC機能をTokopediaのプラットフォームに統合する狙いだった。GoToはTokopedia株を25%だけ保有し続け、Tokopediaの流通取引総額(GMV)に応じた手数料を四半期ごとに受け取る契約を結んだ。2026年Q1にこの契約から計上された収益は約2,880億ルピア(約16.7百万ドル)で、前年同期の倍以上に膨らんでいる。

つまりGoToは、自社で運営をやめたEC事業からも収益を継続的に得る形になった。本業のオンデマンドとフィンテックに集中しつつ、TikTok ShopとTokopediaの統合がインドネシアECで存在感を増すほど、GoTo自身の決算も底上げされる。これは合併と分離を経た企業としては珍しい収益構造だと言える。

もう1つ注目すべきは、コスト面の改善だ。GoToのCFO(最高財務責任者)であるSimon Hoは決算説明会で、クラウドインフラのコストを60%削減したと明かした。AIによるルート最適化と需要予測の精度向上で、運転手1件あたりのサービス提供コストが下がり、収益成長(26%)が費用成長(11%)を大きく上回る構造が生まれた。「これは構造的に組み込まれた営業レバレッジだ」とHoは表現した。一度黒字化した収益構造は、今後ユーザー数が増えるほど利益率が改善する設計になっている。

東南アジア最大手と肩を並べる──Grabとの長い競争

GoToの競合環境を理解する上で外せないのが、シンガポール本社のGrab(NASDAQ:GRAB)との長年の競争だ。Grabは2012年にマレーシアで創業し、2018年にUberの東南アジア事業を買収して地域最大手の座を確立した。インドネシアの配車市場(2026年で約4.04十億ドル規模)では、注文ベースのシェアでGojekが約43%、Grabが約39%とほぼ互角の状況が続いている。

インドネシア配車市場のシェア(2026年・注文ベース)

両社の競争構造は時代によって変わってきた。2010年代後半は配車・食事配送の両方で運転手・乗客への補助金合戦を繰り広げ、両社とも巨額の赤字を計上した。2020年以降は補助金を絞り、手数料収入と決済・金融サービスへの転換が進んだ。2024年以降はAIと需要予測でコスト効率を競う段階に入っている。

第3勢力としては、ロシア発のMaxim Indonesiaとカザフスタン発のinDriveが地方都市で存在感を増している。MaximはGojekやGrabより低価格を売りに、ジャカルタ以外の中規模都市で運転手を獲得した。inDriveは「乗客と運転手が運賃を交渉できる」仕組みと「手数料10%以下」を打ち出し、コストに敏感な運転手層を引き付けている。両社のシェアはまだ一桁%台にとどまるが、運転手獲得競争には影響を与えている。

EC領域では、Tokopediaは2023年のByteDanceへの売却以降、TikTok Shopと統合された形で運営されている。Tokopediaの直接的な競合は、Sea Limited傘下のShopee Indonesia、アリババ傘下のLazada Indonesiaだ。Shopeeは越境ECとライブコマースで先行し、Tokopediaはローカル中小商店との関係性で差別化している構図だが、市場全体は依然としてShopeeが首位、Tokopedia/TikTokが2位連合を形成する状況にある。

フィンテック領域では、GoPayの主要競合はOVO(Grab陣営の決済サービス)、DANA、ShopeePayの3社だ。GoPayはGojekアプリの中で完結する決済として圧倒的なユーザー基盤を持つが、店舗での独立した決済では他社と互角に競争している状況だ。

3つの強みと、3つの課題

GoToの強みは、第1にインドネシア国民の生活インフラに深く食い込んでいる点だ。配車、食事配送、決済、融資、保険、公共料金支払いといった日常の経済活動が、Gojekアプリ1つで完結する。年間取引ユーザー数は6,900万人(2026年Q1時点、前年比22%増)に達し、インドネシアの人口2.8億人の4分の1近くがGoToのサービスを定期的に使っている計算になる。

第2の強みは、AIとデータ基盤への投資だ。GoToは2023年から自社開発のインドネシア語AIエンジン「Sahabat-AI」を運用し、ジャワ語・スンダ語・バリ語など多言語対応のレコメンドや配車最適化に使っている。クラウドコストの60%削減と、コスト成長率の抑制(収益+26%に対し費用+11%)は、このAI基盤の効果だと経営陣は説明している。

第3の強みは、合併によって生まれた「データ循環」だ。配車の利用履歴、食事配送の注文履歴、GoPayの決済履歴、融資の返済履歴が1つのIDで紐づいているため、ユーザー1人あたりの行動を多面的に把握でき、与信や広告のターゲティング精度が高まる。これは単独事業の競合には真似しにくい優位性と言える。

一方で課題も明確だ。第1に、純利益171億ルピア(約16億円)という規模は、純収益5.3兆ルピア(約500億円)に対してまだ非常に薄い。利益率にすれば0.3%程度で、米国の同業(UberやDoorDashなど)と比べても見劣りする。本格的な利益率改善には、まだ数年単位の時間が必要だろう。

第2の課題は、配車運転手との関係だ。インドネシア政府は2026年に入り、配車プラットフォームが運転手から徴収する手数料を上限8%に制限する案を検討している(現在は最大20%程度)。これが導入されればGoToのオンデマンド事業の収益性に直接影響する。GoToは政府との対話で「最低料金の見直し」「インセンティブ制度の柔軟化」を求めているが、規制リスクは依然として残る。

第3の課題は、Grabとの統合論だ。2025年11月以降、米Fortune誌など複数のメディアが「GoToがGrabとの合併・買収交渉に近づいている」と報じてきた。インドネシア当局の競争法上の懸念から実現は難しいとの見方が多いが、Hans Patuwo CEOの就任を「Grab対応の布石」と見る声もある。仮に統合が実現すれば東南アジアのモビリティ・フィンテック市場は1社支配に近づくが、規制当局がそれを許すかは別問題だ。

初の黒字、新CEO、そして次の宿題

2026年4月29日のQ1決算発表は、GoToにとっていくつもの「初」が重なった瞬間だった。創業以来初の四半期純利益。CEO就任後初の本格的な決算開示。そして、合併から5年を経て初めて、市場が「赤字額の縮小ペース」ではなく「利益率の改善ペース」で評価できる決算となった。

“Achieving net profit for the first time in our history is a big moment for GoTo.(創業以来初の純利益達成は、GoToにとって大きな節目だ)”
— Hans Patuwo(GoTo グループCEO、2026年4月29日 Q1決算発表)

市場の反応は分かれた。決算発表当日のインドネシア証券取引所では、GoTo株価は一時上昇したものの、その後は通年ガイダンスが据え置かれたこと(調整後EBITDA 3.2〜3.4兆ルピア)への失望感から伸び悩んだ。アナリストの間では「短期的な利益サプライズより、構造的な収益基盤への評価が必要」との見方と、「四半期黒字を1回出しただけで、通年での持続性はまだ検証段階」との慎重論が併存している。

新CEOのHans Patuwoは、もともとGoTo Financial(フィンテック部門)の社長として現在の収益エンジンを育てた人物だ。前任のPatrick Walujoが「赤字幅を縮小する経営者」だったとすれば、Patuwoは「金融事業を主役に育て、利益を生む経営者」と位置づけられる。フィンテックの収益が爆発的に伸びている2026年初頭は、彼にとって追い風の局面だと言える。

今後の注目点は3つに絞られる。第1に、フィンテック収益の持続性だ。融資残高の59%増は需要の強さを示すが、与信リスクの管理は別問題で、不良債権比率の動きを注視する必要がある。第2に、Grabとの統合議論の行方。どちらの方向に進むかでインドネシア・東南アジアのデジタル経済の地図が変わる。第3に、配車手数料規制の最終形。8%上限が確定すれば、GoToの利益率改善ペースはいったん減速する可能性が高い。

日本企業・ビジネスパーソン向け なるほどポイント

GoToの物語を読み解くと、インドネシアという市場と東南アジアのテック競争についていくつかの構造的な洞察が見えてくる。

  1. インドネシアでは「銀行を持たない人々」がデジタル金融の主役だ。GoPayの伸びは、配車運転手や小商店主など、銀行口座を持たない層がデジタル決済から金融サービスに入っていく流れを示している。日本のように銀行口座が当然の前提ではなく、決済アプリ起点の金融が成立する。
  2. 合併と分離は、インドネシアでは「失敗」ではなく「資本効率の打ち手」として使われる。GoToがTokopedia株の75%をByteDanceに売却した取引は、自社運営をやめても収益を継続的に得る設計だった。日本企業の「自社で運営しないなら撤退」という発想とは別の選択肢がある。
  3. 規制リスクは新興国テックの構造的コストだ。配車手数料規制、ハラル認証、データ保護法、税制改正などが頻繁に動くインドネシアでは、規制対応の人員とコストを最初から織り込まないと収益計画が崩れる。GoToが規制当局との対話に多くのリソースを割いている理由はそこにある。

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