【タイ企業紹介】SCG(Siam Cement Group)|ラーマ6世が勅令で創った113年企業の3事業構造と38%シェア

バンコクのスカイラインを彩る高層ビルも、地方の家々の壁も、その多くに同じ会社のセメントが入っている。タイの建設現場でほぼ4本に1本以上の鉄筋コンクリートを支え、化学品から段ボール、低炭素セメントまで手掛けるコングロマリット——Siam Cement Group(SCG)だ。

創業は1913年。ラーマ6世(ワチラーウット王)の勅令で生まれたタイ最初の工業企業として、113年の歴史を持つ。2025年の連結売上は151億ドル(約2.27兆円)、ASEAN8カ国で事業を展開し、ベトナム1カ国だけで2万6,000人以上を雇用する。タイ国内セメント市場におけるシェアは生産能力ベースで38%——他社の追随を許さない圧倒的な地位を維持している。

38%
タイ国内セメント市場におけるSCGのシェア(生産能力ベース)
目次

「自前のセメントを持たねばならない」——ラーマ6世が下した勅令

1913年12月8日、ワチラーウット王(ラーマ6世)は1通の勅令を発した。「シャム国(当時のタイの国名)が必要とするセメントを、自国で製造する会社を設立せよ」——内容は明快だった。当時のシャム王国は急速な近代化を進めていたが、建材の中核であるセメントは全量輸入に頼っていた。鉄道網の拡張、王宮や政府庁舎の建設、バンコクの都市インフラ整備——いずれの計画も、欧州や日本から船で運ばれてくるセメントの値段と納期に首根っこを押さえられていた。

父王ラーマ5世(チュラーロンコーン大王)の改革を継承したワチラーウット王にとって、「自前の工業」を持つことは独立国家の体面の問題だった。タイは植民地化を免れた数少ない東南アジアの国だったが、経済的には欧州列強の影響下にあった。セメント工場は、その状況を変える象徴的な一歩として構想された。

会社の名前は「Siam Cement Company Limited」。資本金100万バーツ、株式の大半はシャム王室と政府が保有した。経営の実務はノルウェー人技術者オスカー・シュルツに委ねられた。バンコク北部のバンスーに工場用地が選定され、欧州から窯設備が輸入された。第一次世界大戦の影響で資材調達は難航したが、1915年、Siam Cementは初の国産セメントを世に送り出した。生産能力は年20,000トン——現代の感覚では極めて小さいが、当時のシャム国内消費量を十分まかなえる規模だった。

創業から半世紀、Siam Cementはタイの近代化と歩調を合わせて成長した。鉄道、ダム、橋梁、ホテル——タイの主要インフラのほとんどに、同社のセメントが入った。1975年にはSET(タイ証券取引所)に上場し、株式の一部を市場に放出した。1980年代から事業の多角化を本格化させ、化学品、紙・包装、建材へと事業領域を広げた。1992年にベトナム進出を開始、1995年にはインドネシアにも進出して、ASEAN規模のコングロマリットへの脱皮を進めた。2020年には包装事業を「SCG Packaging(SCGP)」として分社化し、SETに上場させた。SCGの3本柱——化学品(Chemicals)、セメント・建材(Cement-Building Materials)、包装(Packaging)——の現在の姿が、ここで完成した。

株式の最大保有者は今も王室だ。2016年に即位したワチラーロンコン王(ラーマ10世)個人の名義で約30%が保有されており、Siam Cementは「王室企業」としての位置づけを保ち続けている。Bangkok Postなどタイ国内メディアは、SCGを「王室直系の経営方針が反映される稀有な民間上場企業」と表現する。

SCG (Siam Cement Group)の歩み

3本柱の事業構造——化学品が最大、セメントは「祖業」

現在のSCGの事業は、3つの大きなセグメントで構成される。最大は化学品事業のSCG Chemicals(SCGC)で、連結売上の約45%を占める。ポリエチレン、ポリプロピレン、PVC等の汎用樹脂から、自動車向け高機能素材まで幅広く手掛ける。ベトナム南部のLong Son Petrochemicals(LSP)複合施設は、SCGCの海外展開の中核プロジェクトだ。2022年に本格稼働を開始したが、原油・ナフサ市況の悪化で2023年から2024年にかけて稼働を一時停止。2025年8月に運転を再開し、2027年末完了予定の5億ドル規模のエタン原料化プロジェクトを並行して進めている。

2番目に大きいのがセメント・建材事業(Cement-Building Materials Business)。連結売上の約33%を占める。タイ国内では「Insee」「ตราช้าง(チャーンマーク)」といったブランドを展開し、生産能力ベースで国内シェア38%を維持している。インドネシアではPT Semen Jawa、ベトナムではSiam City Cement Vietnamを運営。タイの建設サイクルに左右される事業だが、ASEAN域内のインフラ需要を取り込み続けている。

3つ目が包装事業のSCG Packaging(SCGP)。2020年にSETに分離上場した。連結売上の約22%を占め、紙パッケージ、軟包装、印刷紙器を手掛ける。ECや食品宅配の拡大で需要が伸びている分野で、ASEAN域内に29工場を持つ広域ネットワークが強みだ。

3事業を横断する数字も見ておきたい。2024年通期の連結売上は5,111億バーツ(約2.38兆円、前年比+2%)。2025年は世界経済の減速と原油安の影響で売上が3%減の151億ドル(約2.27兆円)に落ち込んだが、調整後EBITDAは前年比6%増の17億ドルを確保した。コスト削減で1億3,100万ドル、債務削減で4億2,800万ドルを叩き出し、利益率を改善している。「売上を守る」より「利益と財務体質を守る」局面に入った経営判断が反映されている。

2026年第1四半期の決算はさらに劇的だった。純利益は62億2,300万バーツ(約290億円)で、前年同期の10億9,900万バーツから前年比466%増。売上は1,233億2,700万バーツとほぼ横ばいだったが、EBITDAは前年比36%増の174億9,900万バーツ。SCGCの在庫評価益41億7,200万バーツが寄与した。Kaohoon Internationalなどタイ財経メディアは「コスト効率と在庫評価益による反発」と分析している。

SCG 事業セグメント別売上構成(概算・2024年連結)

タイのセメント市場は「3社で9割」——SCGの地位

タイのセメント市場は世界でも有数の寡占市場だ。SCG、Siam City Cement(SCCC)、TPI Polene(TPIPL)の上位3社で生産能力の約90%を占める。新規参入のハードルは高く、設備投資の規模、原料石灰石の鉱区確保、流通網——いずれも数十年単位で築かれた既存プレイヤーの優位は崩れにくい。

SCCCはスイスの建材大手Holcimグループが出資する第2位プレイヤーで、「Insee Cement」ブランドを展開する。生産能力は年1,700万トン。タイ国内ではSCGに次ぐシェアを持ち、ベトナム・カンボジアにも進出している。SCGよりも国際資本の色合いが強く、Holcimのグローバルな脱炭素技術を取り込めるのが強みだ。

TPI PoleneはLeophairatana(リオパイラタナ)家が1987年に創業した第3位プレイヤー。1社1工場で年1,300万トンの生産能力を持つ。1997年のアジア通貨危機で大規模な債務再編を経験した過去があるが、近年はセメントを土台にしながら発電(廃棄物発電を含む)、化学肥料、農業へと事業を多角化している。「セメントだけでは生き残れない」という哲学のもと、グリーンエネルギー領域での収益化を急いでいる。

この3社比較の中でSCGの独自性は明確だ。最大シェア、最長の歴史、最大の海外売上比率(ASEAN域内で総売上の約27%)、そして3事業セグメントの分散——いずれを取っても他の2社は追いつけない。「タイのセメント業界=SCG中心の生態系」という構造が、113年かけて固められてきた。

タイ・セメント業界 主要3社比較

強みと課題

強み1:王室直系の信頼と長期視点

SCGの最大の強みは、王室と政府の信頼を背景にした「長期視点」の経営にある。短期株主の圧力に振り回されず、ベトナムLong Sonのような10年単位の投資判断を断行できる。ASEAN8カ国に張り巡らされた事業網は、この時間軸でしか作れない。

強み2:3事業の分散とASEAN規模

化学品、セメント・建材、包装の3事業は、それぞれ異なる景気サイクルを持つ。タイ国内の建設市況が落ちても、ASEAN域内のEC需要が包装事業を支え、原油市況の改善が化学品事業を浮上させる。海外売上比率は約27%で、Bloomberg等の海外メディアも「ASEANのコングロマリットの中で最も分散が効いた構造」と評している。

強み3:グリーン分野での先行投資

2025年から2030年までの5年間で2,000億バーツ(約9,300億円)をグリーン事業に投じる計画を打ち出した。低炭素セメント「Generation 3」は焼成温度を下げることでエネルギー消費とCO2排出を抑え、すでに販売を開始している。2030年までに3,500MWのクリーンエネルギー容量を確保する目標も掲げ、競合のSCCC・TPIPLに先んじている。

課題1:中国製品との競合と原油市況依存

化学品事業は中国メーカーの汎用樹脂が市場を圧迫している。Long Son Petrochemicalsは2025年8月に運転を再開したが、原油・ナフサ価格に収益が大きく左右される構造は変わらない。

課題2:タイ国内建設市場の停滞

タイ国内のセメント需要は2015年頃をピークに横ばい〜微減傾向だ。バンコクのコンドミニアム新規供給は減少しており、政府インフラ投資が落ちる年は事業全体が苦しくなる。ASEAN各国への分散は進むが、本国市場の停滞は経営課題として残っている。

課題3:脱炭素圧力とコスト負担

セメント・化学品はいずれもCO2排出量が大きい産業だ。EUのCBAM(炭素国境調整メカニズム)や、ASEAN域内の脱炭素規制が本格化すれば、製造コストへの圧力は避けられない。グリーン投資は不可欠だが、短期の利益とのバランスが問われる。

2026年戦略——「Intensified, Strengthened, Reinforced, Resilient」

2025年2月、SCGは2026年の経営方針を「Intensified(強化), Strengthened(増強), Reinforced(補強), Resilient(回復力)」の4つのキーワードで打ち出した。Thammasak Sethaudom社長兼CEOは、コスト構造の見直し、ベトナムLong Sonを軸とした地域最適化、低炭素製品のラインアップ拡大を3つの優先軸として掲げている。

“我々は目標を発表するだけではない、行動する。脱炭素は単発プロジェクトではなく、事業の土台だ”
— Thammasak Sethaudom(SCG社長兼CEO、2025年Inclusive Green Growthフォーラムにて)

2026年Q1の好決算を受けて、Kaohoon InternationalやBangkok Postなどタイ財経メディアは、SCGの株価評価を一段引き上げている。ベトナムLong Sonの正常稼働、化学品市況の底打ち、低炭素セメントの実販売開始という3つの追い風が、同時に到来している局面だ。長期保有の機関投資家にとっては、2025年の業績反落で押し目買いに動く向きも出始めている。

一方で、タイ国内市況の構造的停滞、米中貿易摩擦の長期化、CO2規制の強化——これらの外部環境は2026年以降も続く。113年企業が新しい100年へ向かう局面で、SCGは「タイの工業をつくった企業」から「ASEANのグリーン産業を牽引する企業」への脱皮を試みている。

日本企業・ビジネスパーソン向け なるほどポイント

1. タイの「王室企業」は単なる老舗ではなく、長期経営の代表例

SCGをはじめ、Siam Commercial Bank(SCB)などタイには王室が大株主の上場企業が複数ある。短期業績よりも長期視点を優先する経営判断の典型例で、ASEAN域内の長期パートナー選びの参考になる。

2. ASEAN化学品市場は「中国 vs 域内大手」の構図

SCGCのLong Son Petrochemicalsが象徴する通り、ASEAN域内の汎用樹脂市場は中国製品との価格競争に晒されている。日系化学メーカーがASEANで生き残るには、汎用品ではなく高機能素材か、SCGのような地域大手との提携が現実解になる。

3. 「低炭素セメント」はASEAN建設業の次のキーワード

SCGの低炭素セメントGen 3は、すでにタイ国内で販売されている。EUのCBAM対応や、日本の脱炭素サプライチェーン構築の文脈で、ASEAN建設プロジェクトの低炭素建材調達は今後3〜5年で本格化する。日系ゼネコン・商社にとって、SCGの製品ラインアップを把握しておく価値は高い。

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