【タイ企業紹介】Café Amazon|ガソリンスタンドの小屋から世界5,000店超へ——タイ国営石油会社が生んだコーヒーチェーンの24年

タイの首都バンコクで、人々がコーヒーを飲む場所として真っ先に思い浮かべるのはスターバックスではない。Café Amazon——タイ語で「カフェ・アマソン」と発音されるこのブランドは、現在タイ国内に4,339店を展開し、店舗数で2位のInthanin(1,020店)を3倍以上引き離す。2018年にはタイ国内売上で約103億バーツ(当時のレートで約350億円)を計上し、Starbucks Thailandの約70億バーツを上回って国内首位に立った。

このコーヒーチェーンが面白いのは、創業者がいないことだ。創業の主体は国営石油会社PTT。2002年、PTTがガソリンスタンドの利用者向けに「ちょっと休んでコーヒーでも」と置いた小さなコーヒーカウンターが、24年の時を経て世界5,000店超のチェーンへと姿を変えた。スターバックスのハワード・シュルツのようなカリスマも、Kopi Kenanganのジョグル・アタンディのような起業家もいない、純粋に企業戦略が育てたコーヒーブランドの物語だ。

5,000店超
Café Amazonが2025年10月時点で世界に展開する店舗数。タイ国内だけで4,339店
目次

2002年、Vibhavadi Rangsit通りのガソリンスタンドで始まった

2002年、バンコク中心部から国際空港に向かう大動脈、Vibhavadi Rangsit通り沿いのPTTガソリンスタンドに、1軒の小さなコーヒーカウンターが誕生した。これがCafé Amazonの1号店だ。当時PTTは、ガソリンスタンドを「給油するだけの場所」から「立ち寄って休む場所」に変えたいと考えていた。タイは熱帯気候で、長距離ドライバーが疲労で事故を起こすリスクが高い。スタンドでコーヒーを飲んで休めば、安全運転にもつながる——そう考えたPTTのマーケティング部門が、自社ブランドのコーヒーショップを試作したのが始まりだった。

名前の「Amazon」は、世界最大の熱帯雨林であるアマゾン川流域に由来する。タイは元々コーヒーの主要生産国ではないが、北部チェンマイ・チェンライ地方では1970年代から、王室プロジェクト(ロイヤルプロジェクト)の主導でアラビカ種コーヒー栽培が進んでいた。PTTはこの国産豆を活用し、「タイで育ち、タイの自然の中で味わうコーヒー」というコンセプトを打ち出した。ブランドの世界観は「Taste of Nature(自然の味わい)」で、木材を多用した有機的なデザインを統一し、店内には観葉植物を多く配置する——これが今もCafé Amazonの看板的なビジュアルアイデンティティだ。

1号店はあくまでパイロット(試験運用)だった。だがPTTは全国に1,300以上のガソリンスタンドを持つ。試験運用で手応えを得たPTTは、2003年以降、ガソリンスタンドの新設・改装に合わせてCafé Amazonを次々と組み込んでいった。投資コストは独立した店舗を作るよりはるかに低い。土地はガソリンスタンドの敷地内で、駐車場は共用、看板は既存の系列ブランドと並べる。広告も独自に出さず、ガソリンスタンドの利用者がそのまま顧客になる。

この構造的な強みが、Café Amazonに「価格を抑えられる」という決定的な武器を与えた。スターバックスがタイで1杯180バーツ(当時のレートで約600円)のラテを売っていた頃、Café Amazonは同じ品質を65バーツ(約220円)で出した。タイの平均所得を考えれば、180バーツのコーヒーは贅沢品で、毎日通うのは難しい。だが65バーツなら、通勤途中のドライバーやサラリーマンが毎朝買える価格だ。スタンドに寄る用事のついでにコーヒーを買う動線も自然に作られた。

2013年頃にはタイ国内1,000店を突破した。2018年には日本の福島県川内村に海外旗艦の1号店を開設している。これは商業的な計算というより、川内村出身の日本人がタイ滞在中にCafé Amazonのファンになり、地元に持ち込もうと提案したことから始まったエピソードだ。同年、タイ国内売上が103億バーツに達し、Starbucks Thailandの約70億バーツを抜いて国内コーヒーチェーン首位の座を確立した。

Café Amazonの歩み

ガソリンスタンドとフランチャイズ——2つの「他人の資本」で広がる構造

Café Amazonの事業構造を理解する鍵は、「ほとんどの店舗を自社で運営していない」という点にある。タイ国内の4,339店のうち、約54%はPTT ORの系列ガソリンスタンド内に併設されている。これらは自社運営の店舗もあるが、ガソリンスタンド自体がフランチャイズ運営である場合、Café Amazonもそのガソリンスタンドオーナーが運営する。残りの46%は独立店舗(モール内、路面店、オフィスビル内など)で、こちらも大半がフランチャイズだ。

Café Amazon タイ国内店舗の立地構成(2025年)

2021年末時点でCafé Amazonは3,607店を展開していたが、そのうち79%がフランチャイズ店舗だった。フランチャイジーがロイヤリティを支払い、Café Amazonブランドの商品・運営マニュアル・トレーニング・サプライチェーンを使う代わりに、初期投資と日々の運営を担う。Café Amazon本体(PTT OR)の資本負担は限定的で、店舗数の拡大が利益率を圧迫しにくい構造だ。

収益の流れも複層的だ。ガソリンスタンド併設店からはガソリン販売との相乗効果で集客を得る。独立店舗ではモール側との賃料交渉でPTT ORの大企業としての交渉力が発揮される。さらに、Café Amazonは自社でロースタリー(焙煎工場)を運営し、全店舗向けの豆を一括供給している。豆の調達からロースタリー、店舗運営、サプライチェーン、フランチャイズロイヤリティまで、垂直統合された「コーヒーのバリューチェーン全体」をPTT ORが押さえている形だ。

主要KPI(重要業績指標)も独特だ。2025年第2四半期、Café Amazonは1四半期で1億700万杯のコーヒーを販売した。1日あたり約120万杯という計算になる。前年同期比4.9%増という伸びを記録した。PTT OR全体の2024年純利益約110億バーツ(約370億円)のうち、Café Amazonを含む「非ガソリン事業(Lifestyle事業)」の貢献は約25%を占めるとされる。ガソリン販売の利益率が長期的に下落基調にある中で、コーヒーは安定的に高利益率を生む「ライフスタイル事業の柱」となっている。

面白いのは、Café Amazon自体は「コーヒーチェーン」というより「ロイヤリティ収入を生むブランドプラットフォーム」に近いという点だ。PTT ORがCafé Amazonに2024〜2025年にかけて74億バーツ(約2.2億ドル)の追加投資を決めたが、これは新規出店だけでなく、ブランドマーケティング、サステナビリティ施策、海外ロイヤリティ獲得を含む。コーヒー1杯を65バーツで売る商売というより、ブランドを世界に「貸し出す」商売へと姿を変えつつある。

店舗数1位、消費者好感度ではAll Caféが追う

タイのコーヒーチェーン市場で、Café Amazonの店舗数優位は圧倒的だ。前述の4,339店に対し、2位のInthanin Coffee(バンチャクという別の石油大手の系列)が1,020店、PunThai Coffeeが約1,000店、Starbucks Thailandが525店という構成になっている。

タイのコーヒーチェーン主要4社(2025年・店舗数)

ただし、店舗数とブランド好感度は必ずしも一致しない。YouGovの2024年調査では、タイの常飲コーヒー層の支持率でAll Café(CP Allが運営するセブンイレブン併設のコーヒーカウンター)が44%でトップ、Starbucksが32%で2位、Café Amazonは具体的な数字こそ示されていないが、Inthaninの18%、PunThaiの21%、True Coffeeの15%といった専業チェーンと並ぶ層に位置している。

この「店舗数1位だが好感度トップではない」という構図には、業態の違いが背景にある。All Caféはセブンイレブンのレジ横で50バーツ前後のコーヒーを売る形態で、コンビニ並みの利便性と低価格でデイリー需要を捕まえている。Starbucksは高価格帯と店舗体験の質で支持を集める。Café Amazonはその中間で、「価格も手頃で、座って休める空間がある」というポジションを取っている。

近年は競争が激化している。Inthaninは親会社のバンチャクがガソリンスタンドのデジタル化を進める中、ロイヤリティプログラムやアプリ注文でCafé Amazonを追っている。スターバックスは2024年に500店を突破し、ドライブスルー店舗を増やしてタイ郊外へも進出している。さらに、独立系スペシャルティコーヒー店も都市部で急増しており、若年層の支持を集めている。Café Amazonにとっては「店舗数の多さ」だけでは差別化が難しい局面に入っている。

3つの強みと、3つの課題

Café Amazonの強みは、第1にPTT ORのインフラに食い込んでいることだ。タイ国内のガソリンスタンド網は単なる販売チャネルではなく、立地・駐車場・人通り・営業時間(24時間営業の店も多い)という事業の根幹を支える資産だ。新規参入企業がこれを再現するのは事実上不可能に近い。

第2の強みは、価格と空間の両立だ。コーヒーチェーンの多くは「低価格・テイクアウト中心(コンビニ系)」か「高価格・座席あり(スターバックス系)」のどちらかに振れるが、Café Amazonは「中価格・座席あり」というポジションを長年維持してきた。タイの所得水準と消費行動にちょうど合う位置だ。

第3の強みは、垂直統合のサプライチェーンだ。北タイで栽培されるアラビカ種コーヒーを自社でロースタリー(焙煎)し、全店舗に供給する。豆価格の変動に対する耐性が強く、利益率も他社より高水準を保ちやすい。

一方、課題も明確だ。第1に、タイ国内市場の成熟化だ。2025年第1四半期の純店舗増加はわずか47店にとどまった。消費者信頼感の低下と観光客数の伸び悩みが影響している。「ガソリンスタンドの数だけ店を増やす」モデルでは、既にスタンド網がほぼ覆い尽くされている。

第2の課題は、独立店舗の伸び鈍化だ。モール出店や路面店は、家賃と人件費が直撃する。タイの首都圏でモール家賃が上昇する中、独立店舗の収益性は低下傾向にある。フランチャイジーの新規参入意欲も鈍りつつある。

第3の課題は、All Caféの台頭だ。CP Allが運営するセブンイレブンは、タイ国内に14,800店超を展開する世界第2位の規模を誇る。レジ横のAll Caféは店舗数こそ別カウントだが、利便性ではCafé Amazonを大きく上回る。価格でも50バーツ程度と競合する。「ちょっとコーヒーが欲しい」という日常需要をAll Caféに奪われる懸念がある。

海外への戦略転換——次の主戦場はカンボジア・日本・中東

2025年に入り、Café Amazonの経営戦略は明確に「海外シフト」へ転換した。タイ国内10カ国に展開する海外426店のうち、約60%がカンボジアに集中する。これは、PTTがカンボジア国内のガソリンスタンド事業に長く投資してきたインフラ資産を活用した戦略だ。ラオスにも同様の論理で展開している。

2018年に1号店を開いた日本は、コーヒー消費が成熟した先進国市場での試金石として位置づけられる。福島県川内村の1号店に続き、神奈川県、静岡県、大阪府、東京、京都、福岡、名古屋などへ展開する計画が公表されているが、当初想定よりは慎重なペースだ。日本市場は競争が激しく、ローカルチェーン(ドトール、コメダ珈琲、サンマルク等)との競合に加え、独立系スペシャルティ店も多い。Café Amazonの「中価格・座席あり」ポジションがそのまま機能するかは未知数だ。

もう一つの主戦場は中東だ。Café Amazonはオマーン、バーレーン、サウジアラビア、UAEに進出している。これはタイ料理レストランやタイマッサージといった「タイ文化」が中東で受容されてきた素地を活用した動きだ。コーヒーカフェは中東社会で「アルコールを伴わない社交の場」として重要な役割を持ち、需要は構造的に強い。

PTT ORが2024〜2025年にCafé Amazonに割り当てた74億バーツ(約2.2億ドル)の追加投資のうち、相当部分が海外展開とブランドマーケティングに向かう見込みだ。タイ国内の店舗数拡大が頭打ちになる中、ブランドを「タイ発のグローバルコーヒー」として再定義する局面に入っている。

もう一つ注目すべき動きは、サステナビリティ路線への転換だ。元CEOのDisathat Panyarachunの下で、Café Amazonは「サーキュラー・リビング(循環型生活)」をコンセプトにしたコンセプトストアを開設し、店舗の家具・装飾品をリサイクル素材で作る取り組みを進めている。これは欧州・北米・日本市場での受容を意識した動きで、海外展開の「ブランド武装」として機能している。

日本企業・ビジネスパーソン向け なるほどポイント

Café Amazonの物語は、創業者の物語ではなく、「企業のマーケティング戦略がブランドに昇格していく」物語だ。日本の読者にとって示唆的な点を3つ挙げる。

  1. インフラ資産を持つ企業がリテール事業を持つ強さは、想像以上に大きい。Café Amazonがスターバックスを店舗数で大きく引き離せたのは、PTTのガソリンスタンド網があったからだ。日本でいえば、JRやイオンが本気でコーヒーチェーンを作れば、独立系チェーンは構造的に勝てない。「立地・人通り・既存顧客」という資産の価値は、独立した事業計画書からは見えにくい。
  2. 「中価格・座席あり」というポジションは、新興国市場で構造的に強い。低価格はコンビニに、高価格は外資ブランドに譲るとしても、その中間に「日常的に通える価格で、座って休める場所」というニーズは必ず残る。日系外食チェーンが東南アジアに進出する際、価格設定で迷ったらこのポジションを検討する価値がある。
  3. タイ発のブランドが海外に出ていく流れは、ASEAN域内で起こり始めている。Café Amazon、Inthanin、Mama(インスタント麺)、Carabao(エナジードリンク)など、タイ発ブランドの海外展開が本格化している。日本企業が「タイは進出先」とだけ見ていると、逆に「タイ発ブランドが日本に来る」流れを見落とす。福島県川内村にCafé Amazonがあることを知らない日本人がほとんどであるように、ローカルな浸透は静かに進んでいる。

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