【タイ企業紹介】BDMS|医師から経営者へ転身したプラサート氏が遺した60病院・1,132億バーツの医療帝国

2026年4月21日、バンコク市内の自宅で1人の医師が93歳の生涯を閉じた。Dr. Prasert Prasarttong-Osoth(プラサート・プラサートトンオソート医師)——タイ最大の私立病院グループBangkok Dusit Medical Services(BDMS)の創業者であり、コ・サムイ島を世界の観光地図に載せたBangkok Airwaysの創業者でもあった人物だ。1972年に1院から始めた医療事業は、54年を経て60病院・9,384床・年商1,132億バーツ(約5,275億円)の医療コングロマリットへ姿を変えていた。

タイの私立医療市場でBDMSが占めるシェアは約48%。SET(タイ証券取引所)に上場する病院グループの売上の半分は、この1社が稼ぎ出している。15,000人超の医師、10,000人超の看護師を雇用し、JCI(国際医療施設認証機関)の認証を11病院で取得。バンコク病院は3年連続でNewsweek「世界のベスト病院」に選ばれている。死去した創業者の遺志を継ぐのは、4女のDr. Poramaporn Prasarttong-Osoth——2020年からCEOを務める第二世代の経営者だ。

60病院
BDMSが運営するタイ国内およびカンボジアの病院数(2025年12月時点)
目次

外科医の手から経営者の手へ——1972年の選択

1933年3月22日、バンコクの旧市街で1人の男児が産声を上げた。Thongyu(トンユー)とBoonrod(ブンロッド)の4番目の子供——10人兄弟の真ん中で育ったプラサート少年は、地元のアサンプション・カレッジ(バンラック区)からトリアム・ウドム・スクサ校へと進み、優秀な成績でチュラロンコン大学医学部進学コースに合格した。1960年3月、シリラート病院附属マヒドン大学医学部で医学博士号を取得。20代後半の若手医師として、シリラート病院で外科医のキャリアをスタートした。

順風満帆に見える医師生活だったが、プラサートには強い不満があった。シリラート病院は当時のタイで最高水準の医療を提供していたが、来院できるのはバンコクの一部の患者だけ。地方の患者は、何日もかけて村から首都に出てこなければ高度な医療を受けられなかった。そして1人の外科医が1日に診られる患者の数には限界がある。「自分が手術台に立つよりも、もっと多くの患者に良い医療を届けられる仕組みを作りたい」——彼が後にBangkok Postなどのインタビューで繰り返し語った創業の動機だ。

5年の外科医勤務を経て、プラサートは医師の白衣を脱ぐ決断をした。最初に手を染めたのは医療ではなく、建設業と石油探鉱だった。1960年代後半のタイは経済成長の入り口に差し掛かっており、彼はビジネスの基礎を異業種で学ぼうとした。事業で資本を蓄積したプラサートは、1972年2月26日、バンコク・スクンビット地区の一角に「Bangkok Hospital(バンコク病院)」を開業した。当時のタイで「私立病院」という業態自体が黎明期で、医療は公立病院が担うものという固定観念が強かった時代だ。設立資本は限られていたが、彼は最初から「上質な医療をビジネスとして成立させる」というモデルを目指した。

初期のバンコク病院は規模こそ小さかったものの、優れた医師の招聘と最新設備の導入で評判を集めた。1980年代に入ると徐々に病床数を増やし、専門科を拡充した。プラサートはこの間、医療事業と並行してもう1つの会社を立ち上げている。1968年に設立し1986年から本格運営を開始したBangkok Airways(バンコク・エアウェイズ)だ。コ・サムイ島の私設空港を建設し、リゾート観光客を直接運ぶ航空路線を開発した。この発想で、コ・サムイは世界的なビーチリゾートへと脱皮した。「医療と航空」という一見無関係な2つの事業を、プラサートは「タイをアジアの目的地にする」という1つのビジョンで束ねていた。

1991年、バンコク病院はタイ証券取引所(SET)に上場した。家族経営から上場企業へ——プラサートは資本市場から調達した資金を、病院の買収と新設に投じ始めた。2004年にSamitivej病院を、2011年にはPhyathai・Paolo・Royal各病院を相次いで買収し、企業名を「Bangkok Dusit Medical Services」に変更した。2020年9月、87歳になった創業者は4女のポラマポーン氏に社長兼CEOの座を譲り、自身は会長職に退いた。第二世代への移行を完了させたうえで、2026年4月21日、自宅で静かにこの世を去った。

BDMS (Bangkok Dusit Medical Services)の歩み

5つのブランドで階層を分ける——BDMSの事業構造

BDMSの強みは、単一の「Bangkok Hospital」ブランドだけで戦っていない点にある。タイ国内とカンボジアで運営する60病院は、価格帯と顧客層の異なる5つのブランドに整理されている。

主力は「Bangkok Hospital」31病院・4,616床(全体の49%)。バンコク本院(BNH)を頂点に、チェンマイ、プーケット、パタヤ、ホアヒン等の主要都市に展開する。富裕層・国際患者・複雑な手術を扱う高単価セグメントだ。これに次ぐのが「Samitivej」8病院・1,693床(18%)で、Sukhumvit本院は日系駐在員にとって最も馴染みの深い病院の1つ。日本人医師・日本語通訳の体制を最も手厚く整えており、駐在員家族の出産・小児医療の中心地となっている。

中所得層向けの「Phyathai」7病院・1,434床(15%)、「Paolo」7病院・807床(9%)が3層目を構成し、より広い顧客層に医療アクセスを提供している。さらに「BNH」「Royal International」「ローカル病院」4施設計834床がニッチ需要を埋める。この階層構造により、BDMSは富裕層から中所得層、国内患者から国際患者まで、診療単価の異なる需要を1つのグループで受け止められる体制を作り上げた。

収益面の数字を見ると、2025年通期売上は1,132.7億バーツ(約5,275億円)、前年比+3.5%。純利益は158.5億バーツ(約740億円)で前年比微減。EBITDAマージン24.1%、純利益率14.5%という収益性は、タイ国内の他産業と比べても高水準だ。配当は1株あたり0.75バーツ(総額119.2億バーツ)を実施し、株主還元を維持した。Kaohoon Internationalによる2026年Q1業績の速報では、外部環境の逆風(タイ国内消費の鈍化、為替変動)を受けつつも、利益水準は概ね安定したと評価されている。

国際患者(医療ツーリズム)はBDMSの稼ぐ力の重要な一角を占める。2023年時点で国際患者比率は売上全体の29%。中東(UAE、サウジアラビア、カタール、オマーン)、CLMV(カンボジア・ラオス・ミャンマー・ベトナム)、中国、欧米——多様な国籍の患者が、心臓外科、整形外科、がん治療、不妊治療を求めてBDMSグループの病院を訪れる。コロナ禍で18〜21%まで落ち込んだ国際患者比率は、回復基調にある。

BDMS 病床数の病院ブランド別構成(2025年12月)

1院特化のBumrungradと多拠点のBDMS——明確に違う戦略

タイの私立医療市場でSET上場のプレイヤーを比較すると、BDMSの独自性が浮かび上がる。最大の競合とされるBumrungrad International Hospital(BH)は、バンコクのスクンビット地区にある1病院のみで運営する超富裕層特化型。2024年売上は約220億バーツとBDMSの5分の1だが、国際患者比率は66%と圧倒的に高い。中東の王族や欧米の医療ツーリストにとって、Bumrungradは「アジアで治療を受けるならまずここ」という強烈なブランドを築いている。1施設に経営資源を集中することで、世界トップクラスの医師・設備・サービスを実現する戦略だ。

もう1つの上場大手Bangkok Chain Hospital(BCH)は、対照的なポジションを取る。14病院を運営し、社会保険患者(タイの公的医療保険)を主要顧客とする中所得層向けモデル。1病床あたりの単価は低いが、薄利多売の規模で稼ぐ。2024年売上は約110億バーツ。BDMSの「富裕層+中所得層を多拠点でカバー」という戦略の中間と低価格帯を、BCHは別の経営哲学で取りに行っている。

こうして並べると、3社の戦略の違いが明確になる。Bumrungradは「1点突破の最高峰」、BCHは「中所得層の規模化」、そしてBDMSは「階層構造による全方位カバー」。1社が複数のブランドで価格帯を分ける手法は、Marriottがホテル業界で行っているのと同じ発想に近い。Bangkok Hospitalで富裕層を取り、Samitivejで駐在員と中上流層を、Phyathai/Paoloで中所得層を取り、それぞれのブランドの独立性を保ちながらグループとしての交渉力(医薬品調達、機器調達、人材育成)を共有する——プラサートが30年かけて作り上げたこの構造が、48%という圧倒的なシェアを支えている。

タイ私立病院 主要3社比較(2025年・SET上場ベース)

強みと課題

強み1:医療ツーリズム需要の取り込み

タイの医療ツーリズム市場は、世界銀行とフューチャーマーケットインサイト等の調査で年成長率10%超とされる成長市場だ。BDMSは60病院のネットワークと11のJCI認証施設で、中東・CLMV・中国からの患者を取り込み続けている。国際患者比率29%は今後35〜40%まで上昇する余地がある。

強み2:5ブランドによる階層構造

富裕層から中所得層まで価格帯を分けたブランド戦略は、新規参入者が一朝一夕に作れない競争優位だ。各ブランドが独立した患者層を持つことで、景気変動の影響を相殺できる。富裕層向けが弱る局面では中所得層向けが、その逆もしかり、と緩衝する。

強み3:第二世代への安定的な承継

創業者プラサート氏が2020年に経営権を娘のポラマポーン氏に譲り、自身は会長として5年半監督した。プラサート氏の死去後も経営の継続性は確保されており、Astra Internationalのような承継時の混乱は起きていない。ポラマポーン氏自身も医師資格を持ち、王立外科医師会(FRCS)グラスゴーの会員でもある。

課題1:タイ国内市場の成熟化

タイの人口は2025年から減少局面に入り、国内医療需要の伸びは鈍化している。タイ国内の私立病院ベッド数は飽和気味で、価格競争に巻き込まれるリスクがある。海外展開(カンボジアのRoyal Phnom Penh等)を加速させる必要に迫られている。

課題2:医療人材確保コストの上昇

タイの医師・看護師の人件費は年率5〜8%で上昇している。Bumrungradなど競合との人材争奪戦に勝つには、給与・研修・キャリアパスへの継続投資が不可欠だ。利益率の維持と人材投資の両立が、ポラマポーン経営の最大の課題と見られる。

課題3:地政学リスクと為替

中東・ロシア・中国からの国際患者は、地政学情勢や為替変動の影響を直接受ける。バーツ高は国際患者にとってタイ医療の魅力を下げる要因だ。2026年に入りバーツが対ドルで強含む局面が続いており、Q1業績の伸び悩みの一因となっている。

創業者死去後のBDMS——ポラマポーン体制が描く次の5年

2026年4月のプラサート氏死去は、BDMSにとって象徴的な転機となった。ただし経営面の影響は限定的だ。2020年に経営権を譲ってから5年半、創業者は会長として後方支援に徹し、ポラマポーン氏が事業判断の前面に立ってきた。Q4 2025の決算説明会では、彼女は「2026年は人材投資とデジタル化に200億バーツ規模の中期投資を行う」と表明している。AIを使った診断支援、電子カルテの統合、遠隔医療の拡充——医療業界全体のデジタル化の波に乗る投資だ。

“医師として手術台に立つことよりも、もっと多くの患者に良い医療を届けられる仕組みを作ることに人生を使いたかった”
— Dr. Prasert Prasarttong-Osoth(BDMS創業者、Bangkok Post生前インタビューより)

海外展開も静かに進んでいる。カンボジアのRoyal Phnom Penh Hospitalに続き、ミャンマー・ベトナム市場での提携交渉が進行中とされる。日経Asia等の海外メディアは、BDMSをアジアの医療ツーリズム市場で「ハブ&スポーク」モデルを完成させた稀有な事例として注目している。「タイで治療し、地元で術後ケア」というクロスボーダー医療モデルを、BDMSは1社でグループ内に内包できる。これは1院特化のBumrungradにはできない芸当だ。

株式市場ではBDMSの株価は2026年に入って横ばい圏で推移しているが、アナリストの評価は分かれる。DBSなど一部証券会社は「2026年下期からの国際患者回復と人民元安の追い風で買い場」とする一方、SCB Securities等は「医療人材コストと国内市況の不透明感で慎重」とのスタンス。創業54年の医療帝国が、創業者なき時代を本格的に歩み始める2026年下期から2027年上期の業績が、長期投資家の判断軸となる。

日本企業・ビジネスパーソン向け なるほどポイント

1. タイの医療ツーリズムは「アジアのハブ」として構造化されている

BDMSの国際患者比率29%、Bumrungradの66%という数字が示すように、タイは医療ツーリズムの世界的ハブだ。日本企業の駐在員家族の医療プランを設計する際、BDMS傘下のSamitivej(日本人診療体制が最も充実)は事実上の標準選択肢になっている。

2. ブランドの階層化は「ホスピタリティ業界の標準戦術」

BDMSの5ブランド構造は、Marriottのホテルブランド階層と同じ発想だ。日本のサービス業がアジア進出する際、「単一ブランドで富裕層から中所得層を取りに行く」よりも「価格帯ごとに別ブランドを持つ」方が長期的に強い。BDMSはその好例といえる。

3. 創業者カリスマ企業の世代交代は「経営権の早期移譲」が成否を分ける

プラサート氏は87歳の時点で経営権を娘に譲り、自身は5年半監督する形で安定的な承継を実現した。AstraやSCGのように突発的な交代ではなく、計画的な移行——この設計が、創業者死去後も株価を大きく揺さぶらなかった理由だ。日系オーナー企業のアジア承継設計にとっても参考になる事例だ。

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