2026年5月14日、バンコクで開催されたBOIシンポジウム「Smart & Green Mobility」で、タイ投資委員会(BOI)のナリット・タードスティラサクディ事務総長がハイブリッド車優遇の新条件を発表した。同じ日、タイ自動車業界10団体は政府にEV救済策の実施を要請。2027年のEV3.5支援終了を前に、タイの自動車製造業が「生産崖」のリスクと向き合う局面に入っている。
ナリット事務総長が発表したハイブリッド優遇の新条件
BOIシンポジウム2026は、SUBCON Thailand 2026(5月13〜16日、BITEC Bangkok)の併催イベントとして5月14日に開催された。ナリット事務総長は、タイのEV関連投資が累計1.82兆バーツ(約8.5兆円)に到達し、完成車組立・基幹部品・電池製造・充電インフラに広がっていることを示した。OEM(自動車メーカー)14社がタイ国内に製造拠点を確立しており、BEV登録比率は2025年に約20%まで上昇している。5年前の0.2%から100倍に伸びた数字だ。
同事務総長が明らかにした新方針の核心は、ハイブリッド車の物品税減免条件にある。これまで比較的緩やかだった優遇条件を、次の3点で引き締めた。1つ目は国産バッテリーパックの使用。2つ目は主要部品の現地調達。3つ目は先進運転支援システム(ADAS)の搭載だ。3つを満たさなければ物品税減免を受けられない仕組みになる見通しだ。
Board of Investmentの略。タイ政府の投資誘致機関で、外国投資家への税制優遇・法的便宜・支援策を司る。EV・データセンター・半導体・バイオなどの戦略分野について、業種別の優遇条件を設計する権限を持つ。2026年5月時点での事務総長はナリット・タードスティラサクディ氏。同氏は5月14日のBOIシンポジウム2026で、ハイブリッド優遇の新条件を発表した。
この新条件は、タイの自動車政策が「組立国」から「部品サプライチェーンを抱える生産国」への転換を意図していることを示している。中国・日本・欧州の完成車メーカーがタイで生産するなら、部品もタイで作るところまで持っていきたい——それがBOIの方針だ。
自動車10団体が訴えた「2027年の生産崖」
一方、同じ5月14日にタイ自動車業界10団体は連名で政府にEV救済策を要請した(Nation Thailand 5月14日報道)。要請の核心は、現行のEV3.5支援スキームが2027年末に終了する前に、後継政策を具体化することだ。
タイ政府が2024年から運用している電気自動車普及策の第3.5世代。物品税減免・補助金・国内生産義務をパッケージにし、EVメーカーがタイで生産する見返りに販売価格を抑えるインセンティブを与える仕組み。2024〜2027年が支援期間で、2027年末に終了予定。現在、後継スキームの設計が政府内で検討されており、業界はその内容を見据えて投資判断を行う段階にある。
業界が「生産崖」と呼ぶ問題はシンプルだ。タイ国内の製造コストは、中国から輸入される完成車(CBU)と比べて30〜40%高い。EV3.5の物品税減免と補助金で価格差を埋めてきたが、支援が切れる2027年以降は、国内で作るより中国から輸入する方が安くなる構造に戻る。
この状態が続けば、現在タイに製造拠点を構えるメーカーの一部が現地生産を縮小し、関税ゼロのCBU輸入に切り替える判断に踏み出す可能性が高まる。そうなればタイの部品サプライヤーは受注を失い、サプライチェーン全体が縮小する。10団体が政府に求めたのは具体的に3点だ。
- 輸入EVと現地生産EVの物品税格差を拡大すること
- 現地調達比率(local content)要件の強化
- 輸入枠と国内投資の連動付け
輸入車を売りたければタイにも投資せよ——という構造を作りたい、というのが業界側の論理だ。
構図——BOIの「条件付け」と業界の「制限要請」
自動車業界の連合
現地生産の価格差
5年前は0.2%
持つOEM
ここまでの2つの動きを整理すると、政府(BOI)と業界(10団体)は同じ方向を向きながら、別のレイヤーで動いている。BOIは「優遇の条件を引き締めて、外国メーカーに国産部品を使わせる」というアプローチ。業界は「輸入そのものを制限し、現地に投資した企業にだけ販売機会を与える」というアプローチだ。
どちらも狙うのは、タイ国内の部品サプライチェーンの維持と拡大だ。違いは「優遇で誘導するか、制限で守るか」の手法にある。日系の部品メーカーや完成車メーカーは、両方の動きに同時に反応する必要がある。
日系部品サプライヤーへの影響
タイは長年、トヨタ・ホンダ・いすゞ・三菱自動車などの日系完成車メーカーと、それを支える数百社の日系部品サプライヤーの集積地だった。ICE(内燃機関)車中心の時代には、日系のサプライチェーンがタイの自動車産業そのものを形成していたと言ってよい。
BOIの新条件(国産部品+ADAS)は、日系部品メーカーにとって両面の影響がある。プラス面は、現地化を進めてきた日系メーカーが優遇条件を満たしやすい立場にあること。ADASに必要なセンサー・カメラ・電子制御系は日系の得意分野だ。マイナス面は、ハイブリッド優遇の引き締めが乗用車市場全体の電動化スピードに影響する可能性で、ハイブリッド向け部品の需要見通しを更新する必要が出てくる。
業界10団体の救済要請がそのまま政策に反映されれば、CBU輸入が抑制され、現地生産の受注ボリュームは確保される。ただし政府が即座に動くかは不透明で、業界としては最低でも2027年中に後継スキームの輪郭を見せたいという姿勢だ。
今後の注目点
短期的には2026年下半期に、政府がEV3.5の後継スキーム(業界では「EV4.0」と仮称)の骨子を発表するかどうかが最大の焦点だ。骨子に「現地調達比率の最低ライン」「輸入枠と投資のリンク」がどう書き込まれるかで、日系を含む部品サプライヤーの中期計画は大きく変わる。
また、BOIのハイブリッド新条件が具体的にいつ施行されるか、移行期間がどう設定されるかも見逃せない。新条件の発効時期によっては、現在進行中の投資計画・部品調達計画を組み直す必要が出てくる。
製造業駐在員が今週確認すべき3つのポイント
- 自社製品がBOI新条件(国産部品+ADAS)の影響を受けるかを棚卸しする。ハイブリッド向け部品を扱う場合、自社製品がタイ国内生産品として扱われるか、ADAS関連であれば物品税減免の対象に組み込まれるかを確認する。完成車メーカーの調達担当と早めに情報交換することが望ましい。
- CBU輸入比率と中期需要予測を見直す。業界10団体の要請が政策に反映されるシナリオと、反映されないシナリオの両方を想定し、自社の受注予測を2つのレンジで作る。受注ボリュームの幅が大きい場合は、ライン稼働計画・在庫水準の柔軟性を確保する。
- EV3.5終了後の政策シナリオを複数準備する。「現地調達強化型」「現状維持型」「自由化型」の3つのシナリオで、自社のタイ拠点の収益性がどう変わるかを試算しておく。2026年下半期の政府発表に備えて、判断材料を先に揃えておくことが重要だ。
参照ソース:Nation Thailand(2026年5月14日)、Xinhua: BOIシンポジウム2026(2026年5月14日)、Xinhua: SUBCON Thailand 2026開幕(2026年5月13日)

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